不動庵 碧眼録

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<<   作成日時 : 2017/01/22 10:23   >>

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今年から毎月3日間の断食と毎年7日間の断食をしようと思い立ちました。一大決心とか言うほどではないのですが、昨年11月に成田山新勝寺で行った4日間の断食がかなり印象的だったので。
11月の断食では事前準備をかなりしました。2週間前から食べる量を半分近くに減らし、1週間前から減食。お陰様で無事に終えることができました。

今回は自宅で初めての断食。20日から本日22日まで。です。初の自宅断食なので不安のあまりフェイスブックなどにもちょくちょく投稿してしまいました。私は鉄の意志を持つ人間ではありませんから、そこいら中に食べ物がある中で断食ができるかどうか不安でした。あと少しですが何とか無事終えられそうです。

成田山新勝寺の不動明王
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食べないことがどんな感じであるか、多分現代日本のほとんどの人は知らないと思います。もちろん、ごくごく一部の家庭で育児放棄をしている現実はあります。それは育児放棄している親も食べないことがどんな感じか知らないのだと思います。だから育児放棄ができるわけです。
私の場合は食べたくても食べられないのではなく、食べられるのに食べないという苦しみなのでそれはそれで精神的な意味で大変です。ただこの苦しみは一度経験すると思ったほどではないですし、この苦しみをよく内観できる機会でもあります。
人は3日ぐらい食べなくても日常生活は普通に出来ます。1週間食べなくても死にません。特に現代日本では日本人の身体はかなり肥えています。想像以上です。

以前北朝鮮関連の本を読んだときにショックを受けたものが幾つもありましたが、特に食べ物のくだりはどれを読んでも衝撃的でした。日本からわずか500キロしか離れていない、しかも戦時中は日本領土の一部だった国が今は日常的な飢餓に苦しんでいるという事実に、人ごとのようには思えませんでした。私は一部の人間のようにザマアミロとかいい気味だとはなかなか思えないのです。

北朝鮮の人が韓国に無事に亡命をしてなかなか慣れない食習慣のひとつが「おやつ」だそうです。ま、「おやつ」は世界的にある習慣ですが、北朝鮮市民はなかなかそれが理解出来ないそうです。なぜなら彼らにとって「食べ物」=「生きる糧」で、味を楽しむとかちょっと小腹を足すとか言う為の食物はありえないとか。ゾッとしますね。もちろん元々は朝鮮には伝統料理はあったはずですが、それどころではなくなってきているのでしょう。

イスラム教では良く知られている習慣としてラマダン、断食月があります。私も米国留学中にパキスタンの友人に付き合って2週間だけやってみましたが、なかなか辛いものがありました。昼の間だけの断食ですが、その代わり水も飲めません。よく毎年1ヶ月もやれると感心します。なので彼らは食べ物を無駄にしません。パキスタンでしたから貧しいのですが、食べ盛りの若者たちが集まってランチを食べましたが、この人数でこれだけ?と驚きました。しかもお客様である私に食べろ食べろと勧めてくるのです、困りました。

そう考えたとき、日本の食生活の立ち位置というものが分かるというものです。各家庭で無駄が出ていないかどうか、だけでなく、生産、流通、出荷、販売の段階で無駄は出ていないか?大変残念ながら日本は「MOTTAINAI」発祥の地ながら、世界的に見てトップクラスの少量廃棄率を誇っています。「必要なものを必要なだけ」ではないのです。お隣中国も凄い廃棄率だそうですが、そんな贅沢しているのはごく一部で、大半はやはりまだ貧しい。

数年前に弊社の中国工場に行った折、ディーラーを集めて高級レストランで盛大なパーティーをしましたが、ほとんどきれいに食べきりました。死にそうにはなりましたが、味もよかったのと無駄にしたくなかったので。ディーラー様たちもよく食べていました。弊社のアイデアなのか何なのか分かりませんが、気分を悪くしたようには見せませんでした。一部のレストランスタッフは冷笑していた気もしましたが、同じくらいのスタッフは感心していたようにも見受けました。

やはり日本の場合は地産地消をもっと心掛け、見栄えの悪いものであっても気にしない様にするべきかと思います。後者は見直されつつありますがまだまだ。確かに日本の農作物のクオリティーはかなり高いのでどうしても高くなってしまいますが、それを抑える努力は消費者も協力をしなければなりません。世界の多くの国ではまだまだ飢えている人が多い事実を考えたら、高潔や道徳の先進国と見なされている日本ができないわけがないといつも思うのです。昨今、安っぽいナショナリズムや保守、ばかばかしい尊皇主義が横行していますが、多少なりとも国際社会に生きている自分としては、そういう主義をもう少し世界の人々が有無を言わせず納得せざるを得ないような生き方、ライフスタイルを心掛けてみてはいかがかと思います。

今断食3日目、食べ物を口にできるまで20時間を切りました。この飢えた感覚を世界中で飢えている人々の気持ちに重ね、食べ物のありがたさに想いを致したいと思います。


平成二十九年睦月二十二日
不動庵 碧洲齋

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