不動庵 碧眼録

アクセスカウンタ

zoom RSS 定期断食について

<<   作成日時 : 2017/02/18 10:34   >>

トラックバック 0 / コメント 0

今年から毎月3日間の断食を課しています。
去年11月頭に成田山新勝寺にて4日間の断食をしてから思い立ったことです。
成田山の断食で思ったことは、人は数日間食べなくても意外に何ともないこと。
飢えによる数々の障害の多くは脳内の妄想です。実際には3日程度食べなくても身体は何ともありません。
水はともかく食べ物は3日間ぐらい食べずとも体調に異変は起きません。
20代後半以降であれば、激しい運動をしない限り3日間程度の断食は健康に良いと感じた次第です。

食べること、寝ることは生存に関して最も基本的な欲求ですから、体の方で常に可能な限り最大に欲求しておくものなのでしょう。
現代の私たちの肉体は、過去のいかなる時代よりも豊かな栄養が供給されています。が、同じく過去のいかなる時代よりも人工的な添加物が多く投入されているのも事実です。そしてそれは巧妙に添加されているだけになかなか分かりにくい。現代人の肉体は過去のいかなる時代よりも富化されつつも毒化されているという事実は動かしがたく。このような添加物まみれの食品は多分戦後からだと思います。私で2世代目。息子で3世代目でしょうか。そろそろ何か弊害が出てきそうな気がします。
一旦食を断つと食べること、食べるものについて感覚が研ぎ澄まされ鋭敏になってきます。口に入れる時機と量、そして口に入れるものの素材について、驚くほどよく判別できるようになります。

研ぎ澄まされるのは味覚に関わることではありません。古今東西の宗教家たちも、修行の一環として断食を取り入れてきたことは良く知られています。仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教いずれにも断食修行があります。神道やユダヤ教にもあると思います。断食をすることで神との対話ができるようですが、確かに断食をすることで五感が研ぎ澄まされますからこれは多分本当だと思います。

1ヶ月間に3日の断食は身体をリセットする意味でもよいと感じました。
もちろん、ラマダンではありませんが食べないことで食べ物のありがたさも分かります。
よく戦時中の兵士の手記などに、国に帰ったらあれやこれやを食べたいとか言うのがありますが、よく分かります(笑) 頭の中で「本当に食べたいもの」がリアルに浮かびます。ま、何度か断食をしているとそれほどでもないですが。多分ですが、数日間断食すると本当に食べたいものと身体が欲しているものとがかなり一致するのではないでしょうか。そんな気がします。

月1の3日間断食の他に年に1回、1週間の断食も考えています。少々怖いですが。さすがにこれは自宅ではできないので成田山新勝寺にて。GWにでもと考えています。1週間(6泊7日)の断食だと多分もっと違う身体の反応が出るのだと思います。ただこの位食べなくとも人は死にません。歩けないほどに衰弱することもないそうです。4日間の断食をした感じでは確かにあと2日ぐらいは余裕で持ちそうでした。

カロリー制限をするとサーチュイン遺伝子という遺伝子が活性化されるという話がありました。個人的にはこのサーチュイン遺伝子を持ち上げすぎな気がします。個人的な感想としてはこのサーチュイン遺伝子なるものは老化を防いだり寿命を延ばすとかまことしやかに語れていますが、実際は人体のメンテや補修を司る遺伝子ではないかと思います。現代においてはいい(と思われている)薬や、いい(と思われている)食べ物、いい(と思われている)環境があるゆえに、このサーチュイン遺伝子が以前に比べてあまり稼働しなくなってきたのだと思います。

つまり適切な生活環境下(多分少しだけ身体に負荷を与える環境?)でサーチュイン遺伝子が稼働状態にあるのがいいのではないでしょうか。ネットでは食事を3割カット、通常の7割にするというものが載っていましたが、腹7分目というのはどこかでも聞いたことがあります。体感的に30代ぐらいからは7割は本当のような気がしますね。その正真の7割をうまく見つけることが肝要です。
私の場合、最近は結構ガッツリ食べていた朝食の量を半減以下、昼食はリンゴやごく手軽なものとスープ程度、晩ご飯はやや少なめ程度にしています。全く直感的ですが、特に朝食は炭水化物、ご飯をほとんど食べないようになりました。つまりご飯は晩ご飯だけですが、晩ご飯は好きなだけ食べます。ただし朝昼とかなり小食なので、実際としてはそんなに食べられません。これが7割に届いているのかどうか分かりませんが。

あと「粗食」。うちの妻はよく「素材の味」を重視して、醤油や塩、ドレッシング、マヨネーズに手が伸びる私を見る度に睨み付けたりイヤミを言うのですが、実はこれはかなり重要な事です。全然添加しないのは本当においしくないと思いますが、断食をした後に思ったことは、多分私たちは想像している以上に余計な味を添加しているような気がしました。息子などは野菜をそのまま平気で食べます(笑) 私も気付かずに良くそのままで食べてしまうこともありますが、本来そういうものなのかも知れません。手の込んだ料理はありがたいですし、それこそが文明文化の象徴なのかも知れませんが、ごく簡単な調理こそが本来あるべきものではないかと思ったりもします。そういう意味では海産物を多く出したり、味付けを徹底的に抑えている妻には感謝しています。

成田山新勝寺断食修行道場、断食明けの食事
画像


平成二十九年如月十八日
不動庵 碧洲齋

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

定期断食について 不動庵 碧眼録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる