不動庵 碧眼録

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zoom RSS 寺社の傍には幸せがある

<<   作成日時 : 2017/05/16 16:39   >>

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さっき、神社仏閣の傍で育つと幸せに感じるという記事を読みました。
世の中にはなかなか面白いことを研究する人がいるものだなと感心しきり。

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170515-00000526-san-soci

 子供の頃に寺院や神社が近所にある地域で育った人は、そうでない人に比べて幸せを感じているとの調査結果を、大竹文雄大阪大教授(行動経済学)らの研究チームがまとめた。統計学の計算手法を用い、アンケート結果を分析した。大竹教授は「神仏や他人に見られている感覚を持つことで正直になり、人間関係が良好になるから幸福度が高まるのではないか」と話している。

 アンケートはインターネットで25〜59歳の男女を対象に2回実施。9231人から回答を得た。小学生の頃、通学路や自宅の近所に寺院や地蔵、神社があったかどうかや、現在の幸福度などについて尋ねた。

 併せて他者への信頼感などの「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)に関しても質問。寺社の有無を「操作変数」として扱い、ソーシャル・キャピタルが幸福度などを高めているかどうかを計算した。

 その結果、寺院・地蔵があった人はそうでない人に比べて操作変数が0・110ポイント、神社では0・036ポイント高かった。これを基に幸福度を年収に換算して調べたところ、寺院・地蔵があった人は約169万円、神社があった人は約55万円高くなることが分かった。神社による幸福度が低く出るのは、祭りなど神社を拠点にした地域活動の方が、影響力が大きいためだという。論文は大竹教授のホームページで公開されている。
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そういうことで、父方の祖父について考えていました。
祖父は私が生まれる前に他界したので直接会ったことはありません。
祖父は明治末か大正初め頃に現在の江戸川区鹿骨から上京し、素晴らしい商才を発揮して、関東大震災の後に現在の小伝馬町のすぐ近くに邸宅兼店を構えました。買った土地と借りた土地を合わせると200-300坪もあったそうです。震災直後という大変良いタイミングではありましたが、それも商機を逃さない才能だったのでしょうね。
従業員や家政婦も大勢いました。今ではあまり見なくなったお茶などに使う箱を作っていたようです。
戦時中、空襲の恐れありということで、家族のうち小さかった子供たちと従業員の家族の一部を、千葉の幕張にあった別荘に移動させました。ちなみに別荘は現在のJR幕張駅の近くで500坪!以上ありました。当時幕張は神奈川の葉山に並ぶいわゆるリゾート地で、海岸からすぐ傍の風光明媚な場所だったそうです。いやいや、孫がこんなに貧才で申し訳ないぐらいで、祖父の栄華と非凡な商才と比べると胸が痛みます(笑)。

旧十思小学校(現十思スクエア)
画像


その関東大震災後に建てた邸宅の地理のことです。
その場所は小伝馬町駅すぐ、伝馬町処刑地跡地に作られた旧第14小学校、通称十思小学校と呼ばれた小学校の斜向い。現在この学校はいわゆる中央区の施設として使われていますが、昭和3年に作られた大変モダンな建築物です。今見ても結構洒落た建築物です。作られた当時は公立ながらなかなか人気のある有名校だったようです。
で、そこから1ブロック、50メートルと離れていないところにお寺があります。日蓮宗の寺院。我が一族は日蓮聖人が鎌倉にいた折り、暴徒からお救いして以後、聖人が下総中山に避難されるに及んで随行したと思われますが、以後700年以上、恐らくずっと日蓮宗でした。そういう意味で今私が臨済宗の忠実なる信徒であることにも胸が痛みます(笑)

祖父は学校が近いこと、自分の宗旨である日蓮宗の寺院傍に土地を買ったと言うことになります。ちなみにこの寺、普通の町寺ではなく、「身延院別院」という名前の通り、身延山の東京別院という寺格でした。HPもあります。建立こそ明治ですが、大変格の高いお寺のようです。おじいさま、大変アツい日蓮宗檀信徒だったんですね。返す返すスミマセン。
我が家に唯一残された形見分けの遺品があります。その小伝馬町の家が建てられたときに、著名な書道家に揮毫していただいた「教育勅語」の掛軸です。我が家でも建国記念日には必ず息子に講義します。

そういう祖父の遺品や行動から、どんな人物だったのかよく想いを馳せます。日蓮宗の信徒として大変帰依心の篤い、教育熱心で商才のある人だったのでしょう。でも祖父はドラマに出てくるよう頭の固い金持ちのオヤジではありません。父が大学に行かず、昭和29年に当時できたばかりの海の物とも山のものとも分からない自衛隊に入隊したいと言ったときも別段反対しませんでしたし、台東区清川町、いわゆるサンヤの貧しい家の娘と結婚すると言っても喜んでいたそうです。あ、貧家の娘というのは私の母です(笑) よく考えると恐るべき柔軟な思想の持ち主ではないかと。返す返す実際にお会いしてみたかった。

自分の宗派の寺(しかも別格寺)の近くに引っ越すほど熱心な日蓮宗徒のようでしたが、祖父の一連の事績を鑑みるに幸福度MAXだったのではないかと思ったりします。そう考えると寺院や神社、特に自分が信仰している神社仏閣なら尚更に幸福度が高くなると信じたくなります。

そんなことを午後、つらつら考えていました。


平成二十九年皐月十六日
不動庵 碧洲齋

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