不動庵 碧眼録

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<<   作成日時 : 2017/07/24 11:00   >>

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昨日は所用があって秋葉原に行ったのですが、来月の遍路の体力作りもあって少し歩こうと思いつき、秋葉原界隈のポイントを歩くことにしました。

最初に降り立ったのは秋葉原の一つ先、小伝馬町。父が生まれて戦時中までいた場所です。当家本邸があったところに行きました。それは伝馬町牢屋敷そば。現在は公園とコミュニティーセンターになっていますが、そのコミュニティーセンターは旧十思小学校を改修して使われており、昭和の初めに建てられた、当時としては最新だった鉄筋コンクリート作りの校舎ですが、なかなかノスタルジックなデザインです。父は昭和10年生まれで18年末に別荘のある幕張に引っ越したということですから、この十思小学校には小学校2年生ぐらいまでいたという事でしょうか。自宅から学校まで走れば10秒。我が家の宗旨であった日蓮宗身延山別院まで歩いても30秒という地理です。祖父には会ったことはありませんが、そこから父の思想を汲み取ることができます。

旧十思小学校/現十思スクエア
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十思公園/伝馬町牢屋敷跡 吉田松陰が処刑された場所として知られている
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今回、まず足を運んだのは、その伝馬町牢屋敷跡/旧十思小学校と道を挟んで建っている真言宗大安楽寺と日蓮宗身延山東京別院。少し雨が降って来ましたが、そのためか大変涼しく。
先に日蓮宗の方に参りました。恐らくは私の父や祖父も足繁く通って手を合わせたと想像します。実際に父もそうしていたと言っていました。本堂に上がり、住職に御朱印を書いて頂いている間に拝観させて頂きました。思えば日蓮さまがいた当時から祖父の代まで日蓮宗だったというのに、日蓮宗の寺院の御朱印を頂くのは初めてでした。なかなかに秀麗な御朱印でため息が出ました。そこの住職は私の祖父の家を知っていたようでした。(空襲では焼けなかったので、戦後も店舗の機能はそのままありました)

身延山東京別院境内にあるお堂。中には南無浄行菩薩が安置されていて、水をかける。
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南無浄行菩薩
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その後、隣にある大安楽寺に参りました。どちらの寺も古くはなく、関東大震災後に建てられたものです。こちらの建物は鉄筋コンクリートで、先の身延山東京別院よりも風情はないのですが。インターフォンを押して出てこられたのは法衣でも作務衣でもない、普通の格好をした70-80歳ぐらいの住職。一目見たときからとても感じのいい方でした。御朱印を頼み、しばらくしてから持って来て頂いた後にしばらくお話しをさせていただきました。
この寺は準本山格ですからそれなりに格式が高い寺のようです。格式が高いから優れた僧侶が住職しているわけではないでしょうが、その住職は少し話をしただけで大変徳のある方とお見受けしました。色々ここに来た経緯なども踏まえて話しをしたのですが、以下の言葉がとても心に染みました。

急がなくてもいいんですよ、急がなくても。
疲れていたら休む。疲れが取れたら歩く。
私たちの命は長くない。急ぐと折角のその命が短くなります。
だから急がないで。
今できることをできる範囲でやる、それが私たちに与えられたことだから、それを一生懸命にやるだけでいいんですよ。

一瞬、強く胸を打った気がします。涙が出そうな感じというのか、慈悲深さを感じました。
久し振りに素晴らしい僧侶に出逢った気がします。素晴らしき仏縁に感謝します。

大安楽寺
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平成二十九年文月二十四日
不動庵 碧洲齋

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