不動庵 碧眼録

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<<   作成日時 : 2017/10/05 14:11   >>

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武芸者であれば憧れるものではあるが、現代で定職に就いているとこれなかなか難しく。
私の場合は入門時から留学に行っている間が武者修行期間だったかも知れない。
当流に入門した前後。高校時代は仲の良い格闘技仲間とよくスパーリングをしていた。
今だったら多分秒殺レベルの拙いお遊びだったが、いい下地を作ったと思う。
高校の柔道もなかなかに良かった。中学の時からなんとはなしに強かったが、入門してからは全く負けなかった。

留学中はキックボクシング、ボクシング、空手、テコンドー、修斗などと手合わせした。
もちろん試合で。一度だけメキシコから来た留学生がキックボクシングをしていて、どこでどう知ったのか、私が古流をするという事をどこかで聞きつけてきて、かなりしつこく試合を求められたのでやむなく受けた。私は彼の練習の様子を1.2ヶ月間ずっと注視していたので彼の特性は知っていたが、彼は私が何をしているのか全く知らない状態だった。辛うじて打撃も喰らわずに勝ったが、それが今に至るまで一番怖い経験だった。回し蹴りの時などは野球のバットが鼻先をかすめるような感じだった。
その後、大学の授業で空手だったかテコンドーだったかの授業を取って、非常勤講師(町道場の先生)とも手合わせしたが、思ったより弱くて驚いた。50人もいるところで先生をボコボコしするのもどうかと思って思い止まったくらい。
修斗はたまたまやっている人がいて、彼らがよく練習しているので話している内に試合をしてみようという運びになったが、ローキックを頻発されたので困った。今なら軽く捌けるかな。

帰国後に人様に教えられる段位を頂いたが、異種格闘技の交流はあって悪いものではない。
怪我をしない範囲、かつ自己責任で行ってみたいものだ。
間違いなく見識は広まる。

帰国以降は異種流派と手合わせすることはなくなった。
うまく言えないが、いつまでもケンカよろしく、同門他流と手合わせしてばかりでは進歩もないと思わないでもない。古流の理念は多分、戦闘以外の部分にある。そう思うようにしている。

久々にブログを更新してみた。


平成二十九年神無月五日
不動庵 碧洲齋

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