無宗教?ホントに?

日本人って無宗教ですか?
これ、かなりの難問です。
日本人同士では「私は特定の宗教を信仰しています」とマジで言う人はほとんどいませんね。
でも現実的に墓参りに行く回数は多分先進国では一番多いように思いますし、神社のお参りにもよく行きます。初詣や神社のお祭りなんかに行くとヤンキー兄ちゃんやヤンキー姉ちゃんまで真摯に手を合わせています。これって本当に無宗教でしょうか。
まあ、生まれたときは神社、結婚は教会、死んだら寺院なんて、よその信仰者から見たら許し難き冒涜かも知れませんが、よその国の宗教の既成概念で見るのもいかがなものかなと思います。多分日本人はどれも真剣に向き合っているのだと思っています。
外国のある学者さんは日本人ほど強固な信仰を持つ民族はいないと言ってました。何と言っても無意識レベルでそういうことをしているのですから考えようによっては究極の信仰レベルとも言えます(笑)。声がかれるほど神の存在を議論したり、神の偉大さを唱えたり、テロをしたり、他宗教ではいささか精も根も尽き果てることをしないと維持できないことを、日本では不気味なほど淡々と行われています。まあ宗教的な束縛がゆるいと言うこともあるのでしょうけど。

別に日本人を擁護しているわけではありません。
最近は本当の無宗教が増殖しつつあるそうです。
都内では5人に1人は死んだら直接火葬場にGOがいるそうです。
社会主義国ですら何らかの宗教儀式をするのに、色々な意味での大国たる日本でそんなことがあってよいのでしょうか、ということ。
これは誰が悪いというのであれば、師曰くそれぞれの宗教家、聖職者たちのせいだとのこと。仏教を例に挙げれば、豪華な庫裏に住んだ坊主が高級車に乗って寄付を募り、建立した巨大寺院で何をするのかと言えば葬儀と法要だけ。贅沢をしすぎれば市民との距離は離れるばかり。葬儀は僧侶が飢え死にしない程度の額でよく、僧侶は贅沢をしてはならないのだそうです。だいたい贅沢をして偉そうなことを言っている僧侶にはロクなのはいないとのこと。
私が師事している禅寺3つのうち、二つは檀家を持ちません。生活もカツカツです。一つは大きな寺ですが元々建長寺派の修行道場でした。今でも住職は質素な生活を営んでいます。だから大変失礼ながら時々葬儀などに出るとその僧侶のレベルがもの凄くよく分かります。

21世紀は精神の時代とか言われていますが、禅やらスピリチュアルなどがクローズアップされているところを見ると多分本当なのだろうと想像します。しかし当の聖職者達が堕落したままだと本当に日本人は行き場を失って精神的に破滅してしまうのではないかと憂慮されています。私もそうならないことを祈るばかりです。


SD101221 碧洲齋