滝之城 参戦記録 その2

行軍と戦闘

20日祭り当日、若者衆が夜中まで気炎を上げていたにもかかわらず(笑)、早朝坐禅会と同じ4時半に起床。皆を起こさないように5時前に外に出ました。
早朝の森の中というのは夜中に放つ樹木の気の残滓と空気の清涼さが入り交じってすがすがしいを通り越す感覚です。
神社周辺を回った後、武蔵野平野を眼下に見下ろしてついついベンチの上で軽く稽古などしてしまいました。
社務所に戻るとまだ皆様爆睡中。朝食を取って社務所の玄関の外で食べました。
普通のコンビニ総菜パンでも森の中で食べるとうまい。
7時近くなると花火屋さんが来て、本日開催のお知らせにする花火の打ち上げを二の丸で行いました。
よく運動会などでやるアレですね。
生まれて初めて近くで見ました。なかなかの迫力です。

・・・なんて余裕を見せていたのもここまで・・・

皆さんが起き出して朝食をし始める頃に先に公民館に行き、車載してあった装備品を公民館に移動、着替え初め。しかし一般公募者たちの手伝いもしなくてはならないので小具足を付けた状態で社務所に戻るとすでに多くの人たちがやってきていて、大わらわでした。
用宗殿、軍兵衛殿が着付けに奮闘していたので私も参加。
まずは同門の九里流殿の着付け。
既に連れが着付けの手伝いに奮闘していましたが、初陣で後輩のくせに美女に着付けを手伝わせるとは(笑)。
九里流殿は大鎧。洋風義経といったところでしょうか。
なかなか似合いました。
あ~俺も仲間由紀恵さまのようなおなごを連れてきて、ゆるりと着付けを手伝わせるところを、一度でいいから他の人に自慢タラタラに見せつけたい(笑)。イカン妄想してしまった。

その他数人を手伝い、一段落したところで社務所を出ましたが、その時点でも結構な人が来ていて驚きました。
公民館に戻るとさっさと鎧を着てすぐにバスに乗車。
東所沢駅まで行きました。
降りた時は普通の人出でしたが、我々が降りて来るや、あっという間に人が集まりはじめて大変でした。
確かに前日駅に行ったときも幟こそ結構立てられていましたが、町の人がどれほど関心があったのかは微妙でしたが、いざ始まると始めてということもあって集まった一般市民の方々は大人から子供まで大興奮の模様。
記念写真のリクエストが絶えませんでした。
そのうち進発時間が迫り整列。
行列開始になりました。

初めてということで道路使用許可を出していたわけではないので、歩道を歩きましたが、これはこれで良いと思います。車道を歩くようになるとある意味、市民の皆様と距離が空きますから、これは第一回目に巡り会えたお客様の役得でしょう。
さすが最初と言うことで興奮の度合いが今まで参加してきた中では最大級でした。
こういうのを見るとやって良かったと思うのです。

九里流殿には対応するとき「かたじけない」を使ってみては、とアドバイスしたのですが、背が高い外国人と言うことでかなり目立ち、声援が出るたびに「かたじけない」と言うと、更に盛り上がりました。
大多喜のように幟の出ている店で勝ちどきを上げたかったのですが、歩道を歩いていたり人が多かったりでなかなかできず。結局できたのは1回だけでした。来年はもっとサービスしたいところです。

行軍は距離にして2.5キロ。途中休憩があったのはありがたかったのですが、やはり初めての時代祭と言うこともあって記念撮影攻撃!全く座るヒマもありませんでした。ただしこのような市民へのサービス市民との交流あっての時代祭ですから、これはこれで疲れる以上に本当に楽しかったというのが本音です。多分、自前甲冑隊の皆様も同じ意気込みだったかと思います。
道中は暑かった・・・これほどの距離は久しぶりな気がします。正直小幡や大多喜よりも歩いた気がします。

滝之城に着いたときは情けないことに結構ヘロヘロでした。
その時点でギャラリーの数を見て一堂ぎょっとしました。
冗談ではなく、本当に土塁が崩れるのではないかと言うぐらいの数の観客が来ていたのです。もともと第一回目だからと、そんなに来るとは思っていなかったのですが、この数には驚かされました。

一旦解散後、公民館に戻りおにぎりを食べてから鎧を脱ぎ、リフレッシュ。今回は長丁場だったので、気持ちいいのなんのって。
しばし休息した後に再度装着、午後の寸劇に向けて準備しました。
私は九里流殿の連れが午後から甲冑を着るということで早めに出ました。
彼女は結局、九里流殿と同じ大鎧を着ることになりましたが、その間私は外で待ちました。
甲冑を着て完全武装していたのは私だけだったので、これもまたエラく目立ちました。
内心、公民館にいる仲間に早く来てくれ~という感じでしたが、結局来たのは九里流殿の連れが甲冑を着て出てくるのと同じでした。

いよいよ寸劇・・・といきたかったのですが、もの凄い人だかり。予想を遙かに上回っていたと言えます。
元々狭い境内ですから大変な混み具合です。
ともあれ時間が来ると我々は粛々とメインステージに入り、寸劇を行いました。
内容はナイショということで。
人の多さなどが全く想定外で、音声なども色々トラブったようですが、さすが祭り慣れしている人たちばかりなので劇はリハーサルの通りに行われました。
甲冑武者たちの真骨頂が発揮されました。

終えて本丸/神社境内を出るともうヤバかったです。
幾つかの記念写真と集合写真を撮ると公民館へ。
道中、スタッフの方々の暖かいお言葉が嬉しかったです。
公民館ではまず武装解除、黙々と片付けます。
そこで疲れて一息つくともうだめです。
終わった後にどかっと座り、余っていたおにぎりを食べたり、談笑したり。
本当に終わったという感じです。
団子も食べたかったのですが、もうそういう食べたいとか言うよりも疲れをリカバリーしたいという欲求の方が遙かに大きかったです。
三々五々に同志達が去っていきましたので、我々も去ることにしました。
祭りの委員会スタッフから3000人以上の方が来たとか。
大成功だそうです。

九里流殿達を武蔵浦和にて降ろし、一度自宅へ。
ヤバかったです。途中意識が切れそうでした。
自宅に着いて、やはり黙々と武装を片付け、洗濯物を出した後にソファでうとうと。
いつの間にか夕食が出来ていたのでこっくりしながら食べ、風呂に入る。
何かテレビを見たのですが思い出せません。
22時前にベッドに入って爆睡しました。

悲しかったのは今日起きて、少し疲れが残っていること。
いつもなら完璧にリカバリーしていたのですが、僅かな疲れが残っていることに驚きを隠せませんでした。

今回、多くの同志が参加しましたが、やはりまとめ役の軍兵衛殿の人徳はさすがだと感心しまくりでした。本当に30人もの自前武者を集めて、地元でこんな盛況な祭りを開催するに至らせた力量は本当に感動しました。
また、陰ひなたになってサポートした用宗殿と義虎殿にも感心しきり。来るところには来るものだなと思った次第。
自前甲冑で色々やっているとまああまりめでたくもない話しも多いのですが、今回は珍しくやっていて良かったと思いました。

皆様お疲れ様でした。
来年も是非参加したいと思います。

*今回写真をほとんど撮っていなかったので、ブログには上げていません。


平成二十四年皐月二十一日
不動庵 碧洲齋