ジョン・レノン「イマジン」に思っていること

昨日、たまたまこんな記事を見かけました。
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シネマトゥデイ 10月17日(水)11時18分配信
ジョン・レノン「イマジン」が葬式で使用禁止に「天国は存在しない」という歌詞を問題視

 ジョン・レノンさんの楽曲「イマジン」がイギリスの葬式での使用を禁止されていることが明らかになった。冒頭の「天国は存在しないと想像してごらん(Imagine there’s no Heaven)」という歌詞が、葬式には不適切だと判断されたという。

 イギリス最大手の葬儀社Co-operative Funeralcareの調査によると、この措置は一部の葬儀場の判断によるもので、葬儀を執り行う聖職者のことを気遣っての対応とのこと。

 ほかにも、現在では葬儀の際に賛美歌ではなくポップミュージックを流すケースが全体の3分の2を占めるものの、約25パーセントのポップミュージックに関しては「イマジン」と同様の措置を取ることが多いという調査結果が出ている。

 なお、葬儀に使用されるポップミュージックで長年にわたって人気を誇っているのは、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」。近年ではレディー・ガガの「バッド・ロマンス」を使用する例もあるという。(編集部・福田麗)
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今まであまり人に言ったことはなかったのですが、実は私はあまりジョン・レノンが好きではありません。ビートルズ自体にもそんな思い入れもありません。(よい歌はもちろんよい歌として普通に好きですが)

そしてこの「イマジン」も今まで感動を覚えたりしませんでしたが、特に最近はどちらかというと嫌いになってきました。特にこの2番目のフレーズにはいささか違和感を感じざるを得ません。


Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...



"there's no countries"。平たく言うと文字通り「国がない」ですが、英語では二通りの言い方があります。一つはこの"country"、地理的、文化的、言語的な意味を含めた「国」を指します。要するに故郷というような意味合いです。一方、"nation"という単語もあります。こちらは敢て訳せば「国家」。民族的、政治的な意味での「国」です。もしジョン・レノンが"nation" を使ったのなら理解します。しかし彼はここで"country"を使い「故郷」を否定してます。しかもわざわざ複数形まで使って、あたかも対立をさせているかの如く、です。このニュアンスは平和の前では「故郷」すら互いに争っていて無意味だと言っているようなものです。その土地、そこに住む人々、気候、これらを否定した上での「平和」だそうです。そしてそれを「そんなに難しくない」と豪語しています。戦争を起こすのは故郷同士"countries"ですか?違うでしょう。戦争を起こすのはいつも、国家間とか民族間でしょう。各々それぞれ心に想う故郷は決して戦ったりしないものです。ちなみに私は生まれ育った草加市にそんなに深い愛着を感じている訳ではありませんが、それでも彼の思想に震撼せずにはいられません。
ウィキペディアで彼の経歴をざっと調べてみましたが、思った通り。彼が生まれてから成長するまでは不幸な家庭環境にありました。家庭環境が不幸だと幸せになれないと言うつもりはありませんが、少なくとも彼の場合はほとんどの人が大切だと思う「故郷」を否定した「平和」を掲げています。ちょっと空虚じゃありませんか?親になって分かったことがあります。やはり故郷は必要です。もしかしたら100年後、月や火星から地球を見上げることでしょう。そんなときでも故郷は要りませんか?絶対にそんなことはありません。私には彼の理想はどちらかというと悪夢に近い幻想のような気もします。

殺す理由はない、これはいいです。確かに世の中では本当にささいなこと、くだらないことで人が殺されています。それは人類の叡智の全てをかけて阻止すべきです。私的には日本人が尊ぶ「和」の精神はきっと、世界で大いに役立つと信じています。そして私もそのように行動しています。
問題は「死ぬ」。「殺す」と「死ぬ」は全然違います。平和にあっても人は死にます。死なない平和があるなら、生きない平和だってあると言うことでしょうか?人は平和のうちに生まれて老いて死ぬんです。その間に幾ばくか嫌な思い出、楽しい思い出、悲しい思い出、そういうものが交差しあって、美しい平和を織りなしていると思います。良いことばかりの平和など、本当の平和ではありません。多分、ジョンレノンにはそんな簡単なことすら理解できなかったのかも知れません。死ぬことは殺すことと違って決して忌むべきものではありません。生まれたことと同じくらい貴い、一つの有り方です。

「宗教もない」笑止、これが欧米人の宗教の限界です。彼らの一神教ではこの辺りまでが限度一杯なのです。日本にも自称無宗教は大勢います。何かのリサーチでは過半数は無宗教とありました。しかし現実に神社に行く人がなんと多いことか。日本をバカにし、毛嫌っても日本を離れる人はほとんどいません。墓参りにも結構行っています。彼らのメガネで宗教がダメでも、日本のような多神教では決してダメではありません。彼には神の在り方が見えなかったのか、宗教の捉え方が違ったのか、でも欧米人の大半は大体こんなものではないかとも思います。欧米では聖書の前で首長の宣誓をします。故に私は"nation-religion" だったら理解すると言いました。しかし彼は"country-religion"と言っています。完全に故郷や個々の尊い信仰(仏教なら帰依)を否定しています。本人の幼少時が不幸だったことには同情を禁じ得ませんが、世界中に故郷を否定するような思想はいかがなものかと思います。

平和の内に生きる、それは誰もがのびのび楽しく暮らすことではありません。他人の幸せのために皆で少しずつ我慢し、他人の利便性のために皆で少しずつ不便を忍び、他人のために皆で少しずつの労を厭わない、そういうものだと私は信じています。歌詞通りの世界が来たら、多分私が想像する限り最もつまらないであろう天国よりも、つまらない場所になると思っています。

記事で問題になっている天国がないとか地獄もないとか、それは大した問題ではありません。あってもなくてもいいんです。どうせ死ねば「ある」とか「ない」とかいう考えごと、ごっそり死が持ち去ってくれます。死んだ方はそのまま全て、キレイサッパリ持ち去られればいいんです。今まで人類で死ななかった人もいませんから、それが一番でしょう。

ジョン・レノンのファンの皆様には大変不愉快に感じたかも知れませんが、僅かばかり英語が使え、比較的国際社会に生き、伝統的なことを嗜んでいる自分にとっていささか思うところを述べました。ジョン・レノンのファンの皆様、何卒ご寛容の元、ご容赦下さい。


平成二十四年神無月十八日
不動庵 碧洲齋