第10回 箕輪城まつり

秋雨に
霞む山城
深まりて

鎧寒さに
蓑は恋しき


秋雨で霞む山城はますます深まり、寄せ手達は甲冑の寒さから蓑が恋しくなる。
秋雨によって霞む山城はます魅力が深まり、寒かったけれど箕輪(城)が恋しくなった。


朝は5時半過ぎに駅でスウェーデン同門を2名拾うと一路群馬県高崎市へ。
さすがに早朝なので渋滞はないものの、悪天候にも関わらずやはり車が多い。
意外だった・・・。
道中、雨脚が強くなるも、中止ではないのでひたすら北上する。
同門とは色々な話しをする。

到着時、外はザンザン降り。
本当にやるのか?
支所とは言え結構広いので、あちこち探してやっと着替える場所を発見。
早速荷物を上げる。
ゆるりと着替え始めると、ようやく三鱗会のバスが見えてきた。

同門の甲冑も持って来てくれていたので、着替えさせる。
初めての経験とは言え、基本的なことは自分たちでさせる。
忘れがたい経験となることでしょう。
先週に引き続き今週も面頬無し。
後でこれが吉と出ました。

着替え終わって外に出るとやはり少しぱらぱらと降っていました。
まあそれでもひどくぬれる程ということもなし。
同門は初めての経験に興奮気味にカメラを手にして出てきました。
こういうことをするために三鱗会に入会しましたが、おかげさまで非常に国際交流に役立っています。

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同門二人は旗持。
驚いたのが規模。参加者の数はなかなか多い。300人ぐらいでしょうか。
後で400人前後だったことが分かりました。
私は勝手に滝之城よりもちょっと大きい程度に考えていました。
自作の甲冑は色々工夫が凝らされています。
プラスチック製だったりフェルト製だったり。
町が一体となっているのが分かりました。
今回の祭りは10回目ですが、三鱗会は第1回目から参加しているとか。
大したものです。

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行軍中は小雨が降ったり止んだり。
距離は大体2キロ程度。
まずまずちょうどよい長さです。
箕輪城は山の上の方にあるので、上り始めましたが、驚き。
箕輪城ってけっこう巨大。堀の深さがハンパない。
もちろん今は城跡で空堀とかしか残っていませんが・・・。
空堀の大きさたるや大阪城とか名古屋城のといくらも変わらない。
箕輪城様、大変失礼致しました。
非常に古そうな梅林がありました。これは早春にでもまた行かねばなりませんな。
本丸、二の丸、三の丸は広場になってますが、結構大きい。またもや驚かされました。
ともあれ到着して腹が減っていたので赤飯とナメコ汁を頂く。
で、赤飯は余っていたのでもう一つ頂きました。
なかなか美味しかった。
寄居町の町長さんが挨拶にいらっしゃいました。
三鱗会の政治力(?)はなかなか侮れないものがあるんだな(って今頃気付く)。

突然、実行委員会から三鱗会に依頼これあり。
何でも寸劇の一騎打ちの一人が欠けてしまったので、三鱗会で誰ぞ用意できないか、とか。
私にみんなの視線が集まり、部長さんから「じゃあ」「少しぐらいならイイですよ」と気安く受けてしまいました。
相手はせっかくなので会のメンバー、ミクトモのmau殿。何でこうなったのか、いきさつは分かりません。
隅で簡単な殺陣の練習。時間がないので、ごく簡単に。
それにしてもあんなに広い場所を二人でやるのか・・・

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時間があったので、夏に買ったカメラに付いていた連続撮影モードを試してみようと思い付く。
同門にカメラを持たせて陣太刀と槍で撮影。
こいつがなかなか素晴らしい機能!
連続撮影なので、動きの躍動感がよく見えます。
・・・が、自分のマズい部分も結構見えました・・・
太刀などは使い慣れない上に甲冑も日頃からよく着ている訳ではないので、よく見るとぎこちない。
攻防戦は互いの軍勢が攻防する合間に私とmau殿の戦いが・・・。
互いに威勢よくやりましたが、学校の校庭ぐらい広いので、果たして勇ましかったのかどうか・・・。
攻防戦ハンパない。互いにワーッというのが7-8回ぐらいあったんじゃないでしょうか。
私も後半参加しましたが、3人ぐらいから集中攻撃を受けました。
武芸者的には、なるほど3、4人を相手するというのはそんなに苦になりません。3.4人の動きは大体把握できましたし、突出すれば大抵やれる位置を把握できました。
また手持ちの武器を縦横無尽に使える余裕もありました。
・・・が、やはりここは使い慣れない、着慣れないものを使ったのが間違い。
日頃は槍しか使わないのですが、この日はまさか本身槍を使う訳にはいかないので陣太刀(これも金属刀身ですけど)を使う。1.2人相手だと必ず刃を立てて使える余裕はあったのですが、3.4人となってくるとそれも難しく、しのぎで受けたらぐにゃりとやってしまいました(笑)。
後はやはりやられないと。子供や一般の参加者はもちろん、三鱗会会員でも私の首を取りたい人は多くいたはず(この時になって結構目立つ陣羽織を着ていたことに気付く間抜けさ!)。それはお約束でやられました。武芸に囚われていてはあきまへん。楽しもう!執着から離れることができたら、見えないものも見えてくるというものさ。
しかし攻防戦はなかなかハードでした。
すぐ傍で時々放たれる大砲、ど迫力ですが耳がおかしくなりそうでした。
その後鎮魂祭。

終わると荷物を持って城の反対側にて待機している三鱗会のバスに乗り込む。
支所に戻る途中、徒歩で戻っていた武者もいましたが、年なんですみません(爆)。
着替えると、弁当を頂きました。
そして雨がザンザン降ってきました。
実にタイミングがよろしい。
皆様に挨拶をして出立。

帰路は大渋滞。元々関越自動車道は結構混んでいますが、今回は異常。
往路2時間かからなかったのに、帰路は家まで5時間近くかかりました。
なんで東北道を使うという案が浮かばなかったのか。次回からそうします。
しかし同門たちはぐっすり寝ることができ、快適だったようです。

行列する長さと模擬戦、寸劇、規模など、なかなかバランスの取れた祭りなので、次回も是非参加したいところです。
参加された皆様、本当にお疲れ様でした。


平成二十四年神無月二十九日
不動庵 碧洲齋