巨福山 建長寺 開堂式

昨日は有休を頂いて朝から鎌倉に行ってきました。
毎月第1、第2日曜日の早朝座禅会に行っている寺の老師が今度、かの鎌倉建長寺の管長になるからです。正確には次期管長になるための儀式で、すぐに交替という訳ではないそうですが、簡単に言うと次の管長様です。
私が行っている寺は(すみません、諸般の事情であえて伏せさせていただきます)やはりそれなりに大きく、老師以下、常に3.4人の雲水さんが働いています。
また、この寺は由緒正しく、かの山岡鉄舟も参禅に来たそうです。
私はここで5年程、通っております。最近はようやく最年少を抜け出せてきましたが、それでも常連からすると下から2.3番目、ほとんど私の父の世代です。

鎌倉は遠い。それでも直通路線が増えたためか、乗り換えたのは1回だけ。便利な時代になったものです。
9時過ぎには建長寺に到着。すでに参加する一般や日本全国津々浦々からやってきた臨済宗の僧侶達が受付をしていました。

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この看板を見てから現実感が湧いてきました。

受付には座禅会に行っている寺の雲水さんもいました。
私は一般なので別に受付はしなくて良いため、時間になるまで境内を散策しました。

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受付の様子。背後にあるのが三門。

この式の正式名称は、寒松室大有老師視篆開堂。老師になると室号が付くらしいので、それが寒松室。老師のお名前は奥田大有なので、大有老師。視篆の意味はよく分かりませんが、字面からすると印鑑などを視る、ですから、後釜につくに当って受け継ぐ印鑑を確かめるとかそんな感じではないかと思います。開堂というのは字義通りだと新しく僧堂を開くことらしいのですが、この場合はもちろん建長寺の僧堂を受け継ぐことです。
通常は拝観料300円ですが、当日は無料。やや風も強いながら晴れ。良かった良かった。

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ビャクシンの大木。巨大なビャクシンが数本ありました。

式は法堂(はっとう、と読みます)で行われます。その昔、映画「少林寺」などに出てくる、その寺で一番偉い管長とおぼしき人が座っている、高いところに設えられた椅子があります。本当にここに座るのでしょうか。
お堂には椅子が一杯並べられていて、お堂の外、仏殿との狭いスペースには仮設テントが張られて、やはり椅子が並べられています。

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こんな感じです。少林寺のセットにも使えそうな感じです。

時間になると、2種類の鐘が交互に鳴らされ、僧侶達がぞろぞろ奥からやってきました。よく見ると、奥の方丈と一般人立ち入り禁止の僧堂(修行僧がいるエリア)からと2カ所から入場しています。豪華な袈裟を着ていた僧侶は各派の管長様でしょうか。その他紫色の衣を着ている僧侶は印可を受けた老師クラスの人でしょうか。
そして最後に大有老師と現在の管長様、吉田老師が赤い袈裟を着て入ってきました。

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こちらは方丈から出てきたグループ。建物の反対側からは僧堂から出てきた列もありました。

外側の仮設テントには在家の代表と思われる方々で、私が行っている坐禅会にも参加している先輩が二人いらっしゃいました。
あいにく外にいると中がよく見えません。かろうじて見えるのですが、光の加減で撮影しにくいのです。写真撮影自体は禁止ではなさそうでしたが。
参加した僧侶達で何かお経などを斉唱するのかと思いましたが、そんなことをするでもなく、階段の下で老師と偉そうな僧侶のやり取りがあった後にいよいよ老師が壇上に上がり、着座されました。この瞬間はかなり荘厳を極めていたように思います。

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見にくいのですが中央にいらっしゃるのが奥田老師。

着座されると恐らく予め決められていた言葉を発し、階段の下にいる偉い僧侶と法戦とおぼしきやり取りをしていました。その折、老師は払子を左手に、杖を右手に持っているのですが、よく昔の偉い僧侶(ナントカ国師とかナントカ禅師のような)の肖像画に出てくるような姿そのものでした。ちょっと遠かったですが、本当に感激しました。いつも一緒に坐り、机を隔てて提唱をされている本人があんなところにいるということが私には感動ものでした。
式は2時間程続き、老師が退出されて終わりました。
私はその後、式の冊子を受付の顔見知りの雲水さんからもらい、開いてみましたが、最初の方が全然意味が分からない(笑)。後で別の方に尋ねてみようと思います。

建長寺は奥の山の上に別院というか奥宮というか、そんな感じの場所があります。名前は半僧坊。見晴らしがよいと言うことなので、登ってみました。道中にあった達磨像なかなか良い迫力でした。中国臨済宗との交流の記念に作られたのだとか。

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達磨禅師像。目が怖かった。

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半僧坊登り口にあった石塔

山登りをしない人には少々上りはきついかも知れませんが、きついのはせいぜい10分ぐらいです。頂上近くにはところどころカラス天狗の銅像が建っています。登ったところは確かに景色が良く、海も見えました。また富士山もかすかに見えました。平日なので人も少なく、また、日差しは強かったのですが風はそこそこ冷たかったのでこれまた気持ちよかった。持参したおにぎりをそこで食べ、下山しました。

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半僧坊頂上

建長寺入り口のショップには色々なアイテムが売っていて、Tシャツが欲しかったのですが、財政難のためやむなく諦めました。次回買うつもりです。

次に行ったのは隣にある(隣と言っても距離はありますが)円覚寺、これも円覚寺派の大本山です。ここの横田南嶺老師は私が東京で師事している老師の弟弟子だそうです。まだ直接指南を受けたことがないのですが、一度受けてみたいと思います。
円覚寺は普通の日なので300円を払い中に。建長寺よりも木々が多いようでした。ちなみに建長寺では場所柄なかなか携帯がつながらなかった。どちらのお寺も北条氏ゆかりの寺なので、三鱗の家紋があちこちにありました。円覚寺にはかの北条時宗の墓所もあります。行きました。平日だったので、比較的人は少なかったのですが、修学旅行の小中学生が多くいましたね。
国宝の鐘楼はちょっと登ったところにあり、同じく茶屋もあったのですが、中学生達が大勢いたのと、帰りの電車の時刻が迫ってきていたので、すぐに降りました。円覚寺は北鎌倉駅の目の前にあります。
円覚寺の写真も撮影しましたが、量が多くなってしまうので今回は割愛させていただきます。
今回は観光ではなかったので大本山クラスの寺二つで疲労困憊でしたが、次回は時間をかけて観光したいと思います。

奥田老師がいつ建長寺に行ってしまうのか分かりません。今回の栄転は非常に喜ばしい事ですが、とても残念でもあります。まあ修行は本来一人でするもの。師を頼ったり道場を頼ったり、他人頼みでは成し得ないのが本来の修行なれば、自分の修行の在り方もまた見直さねばならないと思った次第です。


平成二十四年神無月十一日
不動庵 碧洲齋