平成二十四年度 忍城祭 壱

今回は初めて、2日連続で行田市に行きました。
日頃行田市にはお祭り以外では行かないので、今回は前日の10日、リハーサル前に行田市をじっくり観光しました。
今回、忍城祭りなどについて色々、甘口辛口コメントなど。

自宅から行田までは高速を使えば1時間足らずですがやはり遠い。ガス代や高速代もバカにならない。

しかし前日リハの前にあちこち回れたのはおかげさまと言うべきです。
朝早く自宅を出て、まず高源寺前の八幡神社に。言い伝えでは正木丹波の屋敷があったとか。私はそれはあり得ると思います。実際、彼が開基した高源寺もそこにあるのですから。正木丹波には格別に共感するものがあります。槍の名手、臨済宗寺院の建立。これで何かの折に私が武芸を辞めたらバッチリですな(笑)。

次に高源寺。臨済宗円覚寺派の寺です。建物自体は明治時代の頃のもののようです。また、道路拡張のために南側がざっくり道路に切り取られた格好になっています。昨年も来ましたが、今年はじっくり時間もあったので、さして広くもない境内を拝見。入り口左側にある正木丹波の墓所に手を合わせ、般若心経を読経しました。

不思議なことに、一昨年前よりも去年よりも今年の方が彼のその後の処世にリアルで理解できたように思います。寺を建てたこと以外、何も伝わっていない、これが彼の生き方であったと思います。忍城の名だたる武士たちもまた、そのようであったと思います。そこに彼らが伝えたかった真実があるのではと思ったりしました。俺が俺がの浮き世にあって、名を捨て民と生きることを是とする武士はどんな人たちであったでしょうか?

その後、多分、今回の祭りのために用意された、高源寺の御守を買い求めました。ご住職の奥方が出てきてしばし話しました。残念なことにご住職は昨年の4月に他界されたとのこと。私は前から道路拡張は墓地を移動させねばならないので、非常に対応に苦慮されていたことを知っています。できたら一度、お会いしたかった。現在は暫定的に近所の寺の住職に兼任して頂いていますが、この由緒ある寺は何としてでも守っていって欲しいと思います。

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正木丹波守利英の墓所

次は埼玉古墳公園。丸墓山古墳の頂上にも行きました。土曜は快晴だったので、忍城も今までになくよく見えました。石田三成はここ最近はわりと好きなキャラです。石田三成がいたら、大東亜戦争もあんなヘボい戦いにはならなかったと思います。日清日露では補給や情報、外交や経済に命を賭けた政治家、官僚がいたからこそ、軍人の華やかな勝利があったというもの。石田三成の功を忘れたところに大東亜戦争があったと思います。まあ、大国に2度も勝ちました。3回も勝ったら長すぎる鼻を痛めるだけだったかも知れません。
古墳を降りると少し早かったのですが、公園内にある古墳亭と呼ばれる手打ちうどん店に入りました。前から行ってみようと思ったのですが、1日限定30食程度で、土日のみ営業というかなりレアな店なのです。今回はラッキーでした。セット1種類しかありません。800円。しかしこしがあり、つゆも2種類、天ぷらもおいしく、これなら800円は安いというもの。また行ってみたいですね。

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指揮所があった丸墓山古墳 この道が石田堤の跡

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今なお遠くに望める忍城。石田三成もこんな風に見えたのでしょうか。(あのような櫓はありませんでしたが)


次は石田堤公園。これは鴻巣市と行田市の境にあり、新幹線の高架線の真下です。確かに不自然な堤防のような盛り土が新幹線の高架線を挟んで続いていて、上ることもできます。新幹線の高架線で断ち切られた部分は堤の断面が見られるようになっています。高架線を挟んだ反対側は公園として整備されています。高架線の下にも展示があります。行田市側は隣が車道になっていて、言われてみないと堤だとは分かりませんが、ちゃんと駐車場も用意されています。桜の季節がよいと思います。

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鴻巣側の堤。結構高いです。右端に堤の切れた部分があります。


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行田市側の堤。たぶん、桜の季節は最高にきれいだと思います。


最後は清善寺。昔は忍城の城内にあった寺だそうです。曹洞宗になります。建物は近代的になってしまっていて、成田氏の墓所もあったらしいのですが、今となっては行方知らずです。境内は高源寺よりはずっと広く、市役所からも境内の木々がよく見えます。無縁仏の仏塔が高く、素晴らしかった。確かに正木丹波たちが子供の頃に遊んでいたのかもしれません。

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境内の木の根元に安置してあったお不動様


で、リハーサル。
今回、初めて前日リハーサルが準備されましたが、よかったと思うところ。
領民役の方々にはとてもよかったと思います。なるほどこれなら前日のリハも必要だったと思います。自前甲冑隊の方も通しでできるので、分かりやすいかと。領民役や前泊が必要な方、すぐに来られる方にはとてもよいと思います。特に今後、領民を前面に出すのであれば、続けた方が良いかと思います。

デメリット。自前甲冑隊に関して言うと、果たして前日に参加せねばならない程の内容だったかどうか。領民役の方にはよかったと思います。今まで当日までに十分な資料を渡されて、当日に打ち合わせてきましたが、自前甲冑隊のパートに関しては、今年以上に難しいものも実際こなしてきました。リハの時に更にその前日のリハから参加されていた方から私に「今回のリハに出ないとマジ出番ありませんから!」と挨拶もそこそこに凄まれました。いやはや。その場は黙して去りましたが、少し前の自前甲冑の皆様とは少々志の在り方が違うなと思った次第。
リハをやるなら事前資料を少なくとも去年かそれ以前並に戻して頂きたく思います。その上で今少しリハに参加した人向けに出番があったらと思った次第です。ちなみにこれは私だけでなく、長年参加してきた自前甲冑メンバーの共通した意見です。忍城の寸劇はいかに自前甲冑隊をうまく立ち回らせるかという歴史でもありました。

敢てフォローしますが、リハがあったおかげで、当日は想像以上に混乱がなかったことはかなりよかったと思います。

ちょっと残念なところ。壇上の正木丹波が朱槍を持っていなかった。それはだめでしょう。一応リハではいつも持って来ている槍は控えましたが、結局本人は使いそうになかったので当日は使わせて頂きました。

私服で陣太刀といういでたちも斬新でよかった。気持ちよかったな。


リハが思ったよりも早く終わったので、他流武友の稽古の様子を見るために退出。
ちょっと道を間違えたりしましたが、ともあれ稽古時間内に間に合いました。
剣術の稽古では思わず唸ってしまいました。やりたい・・・。実際、情けないことにテニス肘が完治していないので、今年いっぱいは封印していますが、来年から少しずつ再開しようと思います。
手裏剣を打たせてもらいました。凄く久しぶり。2間弱から打ちました。いや、気持ちがいいものです。刺さるには刺さりましたが、久しぶりなので、角度などがイマイチでした。手裏剣の稽古も折を見てやりたいと思います。その後は武友とその門下生と3人で食事。色々語りました。こういう時間が一番楽しいものです。

その後、帰路に就きました。


平成二十四年霜月十二日
不動庵 碧洲齋