有と無の織り成す幻想

先日我が家のノートパソのHDDを交換しました。
ようやくカタカタというやかましい音を出さずにすぐ起動するようになりました。やれやれ・・・しかし長時間起動していると突然ブチッと切れてしまうのは何故(T-T)。デスクトップがよかっただけにDELLを信じてノートも買ったのに、こっちは全然ダメです。

多分次買うときはWindowsタブレットかアンドロイドタブレットwithキーボードにすると思います。もう時代はタブレットになると思います。いや、なりつつあります。

パソコンで一番古い機構はどこだかご存じでしょうか?知っている人は知っている、それはハードディスクです。他は恐ろしい勢いで進化しているのに、コイツだけは鉄の円盤をモーターで高速で回転させ、レコード針よろしくデータを読み書きしているのですからアナログチックですらあります。
近年ではSSDがどんどん普及してきていますが、まだまだ高い。故にタブレットなどはパソコンに比べて容量が桁違いに少ないことが多い。もっとも今時はクラウド環境を利用すれば容量はあまり気にはなりませんが。

息子はそのHDDに非常に興味を示し、壊れたHDDを分解して中を見せてやりました。中の構造が見られると、非常に興奮して色々尋ねてきました。しかし息子は既にHDDには1とゼロ、つまり「有と無」のたった二つの情報だけが書き込まれていることは理解しています。今回はそれらが「ビット」と呼ばれ、ビットが8つで1バイト、それがどんどん増えていって、今や掌に1テラバイトのディスクも収まる時代。その小さなHDDに書き込まれている有無は何千兆か、何京か?その1バイト毎の小さな情報が画面上の幻想を描いているという話をしました。

デジタルデータはオンオフの連続、基本「断絶の連鎖」です。例えば音楽なら生演奏には絶対に勝てません。デジタルデータで美しく聞こえているのは間違いなく幻想です。画像にしても世界最高峰の液晶画面に最高度のデジタルデータ画像を映しだしても、直に見る絵画には絶対に勝てません。人とのコミュニケーションも今の便利さはもちろんのこと、この先どんなに進化しても面と向かって話す以上には決してならない。未来永劫それは不可能です。その辺りを何か勘違いしている人がいるからスマホ病になったり、ネットホリックになったりするのです。昔からの病気ではないからある意味恐ろしい。精神が退化していると言っても過言ではない気がします。

・・・ということを息子に話しました。人のあるべきはこんな掌に収まる部品の中ではなく、断絶の連鎖が見せる幻影でもない。2.5インチのハードディスクを見せながら話しましたが、息子は息を呑みながら真剣に聞き入っていました。日頃ほとんどゲームもやりませんし、ネットも本当にただ「利用する」だけです。しかしこれから歳があがるにつれて利用頻度が高くなることは間違いなく、そういうときに私の言葉を思い出して欲しいと思っています。

機械を利用して利用されず、便利さを用いて用いられず、情報に踊らされず見識を舞わせてはじめて、ITという道具は本来あるべき便利さを遺憾なく発揮すると考えています。

先日息子のためにバラした壊れたハードディスク
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平成二十六年皐月七日
不動庵 碧洲齋