四本の蝋燭

今、門下にちょっと注目している同門がいます。
実際に会ったことはないのですが、何を隠そうイスラエルにいる多分20代の青年です。
話した感じではごく普通のイスラエル人のようですが、故にパレスチナ問題に対する姿勢も平均的のようです。

前に何度か、パレスチナ人たちと争いを減らせるよう、日本の武道を活かして欲しいと言ったことがありますが、それはどうやって活かすべきか尋ねられたことがあります。あのような状況下では「敵/味方」という見方がガチッと決まっていて、非常にシビアな世界なのだと思います。実際、イスラエル人はとても実践的、現実主義的な人が多いように感じました。

日本では「火のないところに煙は立たない」と言います。イスラエル人がいつもテロに晒され、周囲と戦争が絶えないのにはやはり理由があります。どちらが正しいという問題ではありません。正直言うとその選民思想が長らく自らを苦しめてきているのではないかと思うのですが、信仰を変えろとは言いませんから、せめてより正しい解釈をして狙われないような生き方を心掛けるべきかと思います。

もともと無かった国が、欧州の自称紳士国の策略でできてしまった国ですから、本来なら周囲の国に対して多少は遠慮というか友好関係を持たねばならないところですが、そこがユダヤ人の悪いところ、自業自得、身から出た錆、色々な言い方がありますが、そういうことで今の今まで不毛な戦いが続いています。

イスラエルにも当流の道場がいくつかあり、なかなか活発です。
私的にはそういうサバイバルや実戦技術論に走らず、日本人の深い知恵を平和に活かして欲しいと、真面目に思っています。
そういう意味で、上記の青年には親身になって相談に乗ったり、色々諭せることは諭してみようと思います。まずは従来の「敵/味方」というステレオタイプを外したものの考え方ができるようになって欲しいと思います。まあ、まだ若いからできるようになることでしょう。

彼は現在、殺害されたイスラエルの少年の慰霊のためか、自分のプロフィール写真を三本のろうそくにしてありますが、私は彼に、武道家として自分の高潔さを示すのであれば、それにもう一本追加してみてはどうだろうか、と言いました。それを本当に実践したら見込みありですが。

世界には日本人のように過去のことは水に流せる民族ばかりではありません。そういう民族は少ないと思います。まあ、周辺諸国にそういうのがいますね。彼らは少々異常だったとしても、過去や宗教や民族というフィルターがどうしても外せない民族はたくさんあります。私はその中で如何に日本の武道を建設的な意味で役立てられないものか、結構毎日真剣に考えています。

できたら一度、イスラエルにも行ってみたい。個人的にはやはりイエス・キリストはお釈迦様と同じくらいに尊敬しています。エルサレムなども観光してみたいところですが、現地の当流道場で色々交流が持てたらと思います。


平成二十六年文月九日
不動庵 碧洲齋