近頃思うことは・・・

差別はいけないことですが、区別するのは正しいと思います。
何についてかと言えば、それは反中反韓を表明している人たちについて。

私も昨今の中韓の態度には目に余るものがあると感じます。
普通のおとなしい日本人でも中韓を嫌いにならずにはいられなくなるほどだという主張は多分、間違っていないと思います。
ちなみに海外の同門たちと話していても、中国をよく言う人はほとんどいません。
というか30年近く在籍していて1人か2人ぐらいでした。彼自身、確か中国語や中国拳法を習っていたからだったと記憶しています。
韓国に至ってはほとんど話題にも上らないレベル。気分悪いと思うのは日本ぐらいで、よその国にしてみたらかなりどうでもよい国です。そもそも「Korea」と言えば大抵「それは北のこと?南のこと?」と聞かれるほど、存在感の薄い国なのです。日本にいると俄に信じがたいですが。

私の独断と偏見で反中反韓の人たちを三つに分けてます。
一つ目は中韓の所行を世界に知らしめるべく発信している人。
二つ目は中韓の所行を理詰めで紹介し、対外的には動かぬ証拠として、国内的には論理的に彼らの所行について説明したり対策を提案したり。
三つ目は「愛国心」とか「民族愛」という名の下に、単に根拠の薄い憤りや嫌悪感を以て相手を罵る連中。というか内輪で不満をぶちまけている人たち。

私が敬意を持ち賛同するのは一つ目と二つ目だけ。三つ目の人たちには白い目を向けることが多々あります。
一つ目二つ目と三つ目の間は何が違うのか。これは世界を動かそうと言う意識があるかどうかです。
三つ目は声の大きい不平不満の裏返し、それ以上の何ものでもありません。傷の舐め合いにも似ています。
たまたま日本という、まずまずステータスの高い国に生まれただけで愛国心の雄叫びを上げるのはナンセンス。そういう人たちはまずそもそも日本が歩んできた道、もしくは日本のあるべき高邁な精神、目指している理想の姿をあまり理解していないのではないかとさえ思ってしまいます。

私はどちらかといえば一つ目のカテゴリーに入りますが、親しい友人には二番目のカテゴリーの人がいます。隙間なく石を積んで、論理的に中韓の行動に対して非難をして日本人に分かりやすく説明しています。当然のことながら友人は中国語ができます。中国語や韓国語、最低限英語もできなければ、根拠にすべき第一次資料に目を通すこともできません。そういう意味で一つ目と二つ目のカテゴリーの方々はインテリジェンス溢れる方が多い。私がインテリジェンス溢れるかどうかは微妙ですが、諸子百家は大方、30年も前から繰り返し読んでますし、当然中国史は大好きです。ガチで中国人と話し合ったことも数多くあります。正直言って日本の歴史よりもおもしろいと思うほど(戦争や革命も多いしスケールも壮大だし)。

三つ目のカテの人は中国にもいますよね。確か「噴青」とか言っていたと思います。もちろん中国でも噴青カテの人々は軽蔑の対象です。基本私は和を尊びたいですが、195ヶ国もあるのでそのうち10ヶ国ぐらいは和よりも離を尊んでもよかろうとは思います。そういう国が日本の近所に3ヶ国もあるのは神様の試練とかイタズラだと思いましょう。
こんなアメリカンジョークがあります。

神様「豊かな自然に澄んだ空気、清純な水を湛えそこに数多くの生き物が営む国を創り、そこに純朴な人間だけを住まわせよう。そしてその国をカナダと名付けよう。」
天使「神様、それでは他の国に対してあまりにも贔屓が過ぎます。」
神様「そうだな、それでは隣国にアメリカを置くことにしよう・・・。」

日本と南北朝鮮と中国の関係はこんなものだと私は思います(笑)。

それと三つ目の連中に多いのが70年後より70年前のこと(苦笑)。私だって祖父が戦死してますし、大東亜戦争について思う処は本が何冊か書けてしまうぐらいありますが、結婚して子供がいると70年後、21世紀後半の日本や地球の心配をします。三つ目の方々の視野はとても狭く、ともすれば東アジア限定だったりもします(笑)。武芸でもなんでもそうですが、視野が狭いくらい怖いことはない。第三者から見ると視野が狭い人は智慧が足りない人のようにも見えることしばしば。

前のブログにも書きましたが、日本人は王者の品格を以て示すのをよしとすべきだと思います。実力行使は否定しませんが、経済制裁や軍事力はもちろんのこと、下品な論戦を使わずして相手を平伏せさせることができる数少ない国家が日本だと信じています。高貴な国の威光というものが本当にあるとすれば、多分それは日本が一番近いところにいると思っていますが、どうしてどうして、その近さとは三蔵法師と天竺の距離にも似ていなくもありません。


平成二十六年霜月十三日
不動庵 碧洲齋