恨みに報いるには徳をもってす

「恨みに報いるには徳をもってす」
という言葉はかの蒋介石の言葉ですが、彼は陽明学を信奉する一人でした。
台湾は今を以て世界で最も親日の国であり、実際に私が台湾人と接した限りでも世界の全部の国が日本を裏切っても台湾だけは裏切らなさそうな感じです。褒めすぎかも知れませんが。
その国の基礎となった人が蒋介石です。日本にも何度か留学に来ましたし、袂を分かって日中戦争では戦いましたが、日本文化への敬意はいささかも衰えなかったとか。なかなかの人物だったと想像します。

陽明学では私もしばしば引用しているように「知行合一」つまり知っていることは実行して初めて意味を成す、と考えられています。知っていて実行に移さないのは知っている内に入らない、もしくは理解していない、ということです。陽明学はもちろん儒教の流れを汲みますが、行動する儒教、とでも言うのでしょうか。孔子の「義を見てせざるは勇なきなり」に通じます。

これはなかなか難しい。
啓発書を読んで「ああ、なるほど素晴らしい」ではダメなのです。
いいと思ったことは即実行、ということ。
(ま、色々熟慮はすべきですが)
人類の英知は絵に描いた餅にしてはならぬと言うことでしょう。

どこぞの国は「恨」という感情はその国の文化的思考様式の一つだと定義されてますが、言ってはなんですが本当にそれはさもしい。それが個々としてではなく、一民族の文化としてあることに戦慄を覚えます。
どんな場合でも私は「恨みに報いるには徳をもってす」の言葉を信じたい。
恨みを買ってしまったら一層慎み深く、恨んでしまったら一層深く顧みて、なるべくそれを流せるよう、解消できるように努めたいものです。
これは個人であっても国家でもあっても同じ事です。
戦争や紛争が終わってすぐに国家間で仲良くなることは難しいものですが、例えば日本などを見ていると今その瞬間を一生懸命に生きる、未来を信じることで、交戦国とのわだかまりを相当解消していったのではないかと思います。
これは日本のみならず、現在平和を享受できている国の多くがそうしてきていると思います。

儒教における「徳」や「仁」は、他の思想の理念に比べるとかなり抽象的に描かれていますが、それだけに私たちはそういった理念を多角的に観る必要があります。10代の頃は孔子の教えは皮肉やブラックジョークのネタにしか過ぎませんでしたが、今はよく分かります。人としての理想は一面的には見えない、一面的には見せない、孔子とその弟子たちはそう思いながら論語を編纂してきたのだと思います。

孔子が生きた時代は春秋時代、奇しくも紀元前660年を含んでおり、日本建国の時期と一致しています。その次の戦国時代と併せると周王朝の権威が衰えて始皇帝開祖の秦王朝が開かれるまで実に550年の長きに亘っています。この永遠とも思える戦乱を避ける為に大陸から多くの避難民が日本にやってきたことは想像に難くありません。日本に稲作をもたらしたのはそのような一団だったと想像します。

稲作技術が移転してくるのと同時に、大陸からの高度な道徳観念も伝えられたことでしょう。
その辺りの時期に神武天皇が国を啓いたという伝説があることは偶然でしょうか。
私はそうは思いません。やはり私たち日本人は孔子や大陸を追われた諸子百家の魂を受け継いでいると、思うことしばしばです。文字としてもたらされるずっと前に、農耕技術と共に理想の社会を構築する為の教え、思想も入ってきたのだと思います。

個人的なことで恐縮ですが、未だに「恨み」を怨々とぶつけられて辟易させられることがあります。私だって恨み辛み思ったことはありますが、サラリと流したときの快感が忘れられませぬ(笑)。トイレで「出た」ものが主人公か「流す」ものが主人公かでずいぶんと爽やかさが違うものだと思うのですが・・・。殷々鬱々、怨々恨々としていると脳は世にも恐ろしい妄想を起こさせたり、不幸な偶然が頻発してしまいます。本当の世の中はそんな風にはできてないと私は信じます。どーして分からないかな・・・。

少々私事が混入しましたが、そんなことを思うのでした(苦笑)。

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平成二十七年如月十二日
不動庵 碧洲齋