父の命日

今日は父の命日でした。
2007年2月17日に72歳で他界しました。心筋梗塞でした。
丁度私がドイツの出張から帰宅したその日の夕方のことでした。
妻子はサイパン島に赴任していたので私と父だけでした。
時差ぼけで少し朦朧としていた時に父が急に胸が痛いと言いだし、病院にすぐに連れて行きました。
救急搬入口で看護師さんたちが出てきてくれて、父を車いすに乗せてくれました。
私は車を移動させねばならなかったので、父にその旨を伝えて車を動かしたのですが、その時に見た父の横顔が生前の父を見た最後でした。
車から出すときに一瞬けいれんを起こしましたが意識もあり、取りあえず1人でも車いすに乗れるほどの容態でした。車を地下駐車場に移動して、エレベーターを待っている間に今度は自分の気分が悪くなり、しかも悪いことにそういうときに限ってなかなかエレベーターが来ず。
少し酔ったような気持ちの悪さのままに緊急医療室の前の待合場所で座っていましたが、この時間の長かったこと。口の中がカラカラに乾いた状態で多分、不動真言か何かをずっとつぶやいていたように思います。
待っていた時間は恐らく1時間未満だったと思いますが、救急医療室から出てきた看護師と医者からは恐らく心筋梗塞で救命治療をしたがダメだったという事を聞かされました。

母は1999年にガンで他界しましたが、その時は半年という長い時間があったので心の準備はできていました。人が急にいなくなるというのはこんな感じなのかと思ったものです。
それから1年ほどはめまぐるしく変化しました。その時に努めていた仕事を辞めたり、妻子が帰ってきたり、今の前の仕事に就いたりと。精神的には今に至る45年の間で最悪でしたが、そういうときに手を差し伸べてくれる人、ここぞとばかりに突き落とそうとする人がハッキリしてきます。この時期に言葉をかけてくれたり実際に助けてくれた人への恩というのは一生涯忘れないものだと思います。また、人はここまで残忍冷酷になれるのかと思った人もいました。ま、今となってはあらゆる意味で良い経験でした。
その年の11月に初めて現在も通っている二つの寺に行くようになりました。単にネットで調べただけですが、こういうときは本当に運がいいと思います。およそ考え得る限り最高の師に巡り逢うことができました。そしてその禅の教えがあったからこそ、自殺すら思い立った2007年末から2008年頭頃の最悪の時期を乗り切れたのだと思います。
素晴らしい禅の師に出会えたことを思えば、これらの不幸は全く釣り合いが取れているばかりか、おつりが来そうなくらい。仏縁の尊さに今なお毎日感謝しています。

生前父から文字でもらったことがあるアドバイスは一つ、留学に行くときに色紙に書いてくれたものでした。
「気配り慎重に」たったこれだけですが、今思うとこの思慮深いアドバイスに頭が下がります。今、自分が息子にしているアドバイスなどこれに比べたらいかに軽いものか。

父は実践の人でした。かなり裕福な家に生まれたにも拘わらず、他の兄弟のように大学には行かず改編されたばかりの自衛隊に2年間勤務しました。それから社会人です。父の父、つまり祖父もまた特に反対しなかったと聞きます。おおらかな人だったと想像します。祖父が大正末に日本橋に家を建てた折に著名な書道家に書いてもらったものが今我が家の家宝になっていますが、それが「教育勅語」でした。また結婚した相手は昔のサンヤ、南千住の清川町に住んでいた貧しい靴屋の娘でした。それについても祖父は大いに喜んだそうです。そこから私は我が家の家風に想いを馳せ、息子に伝えていきたいと思っています。

それから8年、家にいる限りは毎朝必ず仏壇に手を合わせていますが不思議なもので毎日祈る時間を持つと心にゆとりが生まれます。また他に対する感謝の念も湧いてきます。我が身を空しゅうする意義が見えてきます。私の場合は禅仏教ですが、多分宗教の如何を問わず、同じだと思います。

子供が生まれた年齢は私も父も同じです。なので今小学5年生になる息子と話していると、自分の父もこんな気持ちだったのかと良く思うことがあります。
ただ私と違って息子の智慧の深さにはいつも驚かされます。神について、仏について、生について、死について、戦争について、平和について、命について、国際社会について、私が5年生の時とは比べるのも失礼なほどに良く深くものを観て識っています。私は父や先祖、周囲の優れた方々の智慧を息子に分かりやすく伝えているだけですが、これを理解できる賢き智慧こそが仏の在り方ではないかと思うことがあります。

私の父という存在があり、それを死んだと思っているのが墓であり仏壇ですが、そうでない部分が私と息子に引き継がれています。私は父が死んでいない部分というのは禅仏教の知識からしか見えていませんが、息子には確かに生死ではない別の角度から観た父が見えているようです。人の命の神秘というと少々大げさかも知れませんが、息子にはよく分かっているのではないかと思うことがあります。

今日は帰宅したら息子とまた、仏壇に手を合わせたいと思います。
画像



平成二十七年如月十七日
不動庵 碧洲齋