戦争について

たまたま幾つかの写真を見ていたうちに、よく撮れているなと思ったサイパンの写真です。
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旧日本軍が海岸沿いに配備した対空機銃座のようです。もしかしたら米軍が上陸するときに使っていた上陸用舟艇の銃座かもしれません。

2007年の夏にサイパンに行きました。
昭和19年7月、祖父はサイパン増援部隊を輸送する輸送船団の1隻に海軍徴用兵として乗り組んでいましたが、米軍潜水艦の雷撃によって海の藻屑となりました。東京には妻と娘二人、生まれたばかりの息子がいました。
結局サイパン島も陥落、日本は近代史上希な散々な敗北を喫してしまいました。

それから70年が過ぎました。
今に至っても日本は悪くなかったとか、米英の策略にはめられたとか、ああやっていたら勝てた、こうしたらもっとよかったとか、先の大戦で散華した英霊に敬意を表すべし、もっと国を愛そう、もっとよく祖国について知ろう、日本を悪く言う奴はケシカラヌ、などなど、辛口で言えば愚にもつかぬ事を社会の不満のはけ口にしている連中が多くいます。

先の大戦で戦死した人たちが願っていた、戦争のない平和な時代はそういうものではないと、これは断言できます。愛国心を持てとか、散華した英霊を敬えとか、そんなことは微塵にも想っていないと想います。人の死はそういうイデオロギー的なものではない。

多少の誤解を恐れずに言えば、数百万人の戦死者をそっくり忘れてしまってもよく、愛国心なんて言葉を持ち出さなくともよい。世界に日本の敵となるような対象がいない世の中、過去を忘れてしまいそうなくらい満ち足りた今と、希望に溢れた未来があれば、多分それが戦争で亡くなった方たちの願いだと思っています。昔を掘り起こして何をか物議を醸し出すことでは決してない。
かなりの理想論を言っているつもりですが、今や世界に日本をよしとしない国が一体いくつあるというのか。世界にこれだけ経済的に影響力を与えている国で、ここまで恨まれない国は多分他にない。

私は祖母が願っていた、世界中の人たちとむつまじく交流を持つということを実践し、今や数十ヶ国の人たちと日々交流を持ち、その多くの人たちは日本に深い敬意を抱く、やはり尊敬するに値する友人たちがいます。アメリカ人もイギリス人もロシア人も中国人もいます。彼らは皆、日本という存在に深く心打たれています。私はこれを死ぬまで続けていく所存ですが、こういった行為だけが、着実に世界をよくしていく方法だと思っています。

そういう意味においてのみ、インターネットはとても役立ちます。相手を非難口撃するためではなく。
配偶者を戦争で亡くした祖母が言った言葉を私はなるべく実践していますが、最近になって、こういうささやかな行為が平和の構築に僅かでも役立っていると感じます。戦死した祖父が喜ぶのを感じます。

死者達が憤るのは国を売るような人々、またしても戦を求める人たち、今生きていることに不平と不満ばかり口にして、満足と感謝のない人たち、そんな気がします。こういった人たちがいくら愛国だの英霊崇拝だのと言っても死者をより苦しませるだけ他ならない。私たち、特に日本人なら日々の生活の中に祈りを持ち、世界にあって慎み深く行い、粛々と平和の為に生きるのが使命ではないかと思う次第。

繰り返しますが、昔をほじくり返したら切りがありません。こちらにはこちらのリクツ、あちらにはあちらのリクツがあります。この辺り、どうもROM気味、内弁慶の日本人にはいささか分かりにくい部分。日本の雅号、「和」に名が傷つくことを私は一番恐れます。これから先、多くの異国人たちと出会うたびに当惑したり困惑したりすることが多々あると思いますが、若い世代はこれをクリアできると、私は信じています。

明日はアルゼンチン同門を神社でご祈祷を受けさせるために、出掛けます。


平成二十七年水無月九日
不動庵 碧洲齋