白亜の岩窟寺院

我が家は万年金欠気味で、災害時の寄付すら雀の涙ですが、その代わり毎朝仏壇に向かって読経は欠かしません。毎朝祈りを込めて世界平和や家族の安全などなど、可能な限り熱心に祈っています。

古今東西、祈る場所という神聖な場所はやはりそれなりに特殊なところであることが多いものです。特に古ければ古いほど。
人々が祈るようなところは一種独特の雰囲気があります。それは人によって徐々に形成されてきたものなのか、自然によって神聖な雰囲気に形成された場所だから人が祈りを捧げるのか分かりませんが、清浄で神聖な場所であることは多いように感じます。

私自身も良くあちこちの神社仏閣には行きますし、海外の聖地もなるべく行くようにしていますが、あの空気は好きですね。
アメリカインディアンたちの聖地やアボリジニーの聖地にも行ったことがありますが、そういう場所には共通したものがあります。

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ロシア南部、ウクライナ国境から120キロほどの場所に白亜の丘が複数あります。100万年前には海だったところが隆起した場所です。
その周辺にはロシア正教の修道院や教会が多くあるのですが、一般的なロシア正教の建物とは打って変わって全く違う姿をしています。
そのほとんどが丘の上の岩の中にある教会です。石灰石というのかアラバスターというのか、真っ白な石を掘って造られた教会ですが、中は迷路のようになっていて素人が入ると出られなくなる恐れもあります。
戦時中は要塞というか砦としても使われたようです。

石灰石というかアラバスターというか、そういう石はご存じのように水を良く吸い、蒸散しやすい性質を持っています。外は30度越えで暑いし、涼しくなってもその白亜の丘に接近すると独特のもわっとした空気が流れるのですが、石窟寺院の中は冷蔵庫のように寒い!本当に寒かった。窓が穿たれていた、外に面していた部屋ですら全然寒いほどの室温でした。これは本当に驚いた。冬はどうなんでしょうね。定温であれば冬はかなり暖かく感じられるはずです。

いつ造られたのか失念してしまいましたが、修道士たちはそんな穴蔵の中でずっと祈りを捧げ、ほとんど外には出なかったそうです。潜水艦のような感じの狭さで、日本人としては標準的な私の体格でギリギリ通れる狭い通路で、主要部分だけがそこそこ高くなっている感じです。体が大きかったりするとちょっと生活するのは大変かもしれません。
しかも当時はロウソクしかありませんからその苦難が分かります。どんな祈りをして日々を送っていたのか興味があります。
穴蔵と言っても上記のように壁面は全部真っ白ですから一種独特の神聖な雰囲気があります。
当時の修道士たちは毎日、位穴蔵の中で神とのつながりを求めて祈りを捧げ、修行していたそうです。
因みに訪れた一つ目の方は整備されていて電灯が灯っていましたが、もう一つはソビエト時代に補強のため無造作に打ち込まれたボルトが痛々しい整備中の寺院でしたが、電灯がなかったので本当にロウソクで案内されました。こちらは結構冷や汗ものでした。

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不思議なことがありました。そこでカメラを縦にして撮影しようとしたら液晶がふっと消えてしまいました。いろいろ試すとどうも縦方向だけ液晶が死んでいるようでした。他の観光客も数人、機器の異常を認めていたようでした。後で聞いたらこの辺りの磁場がおかしいそうで、時折電子機器が異常な動作をするそうです。液晶が見えなかったのは2箇所あった寺院の場所だけでした。また、風が強くなると電気が止まるとのこと。勿論送電線や発電所、変電所に異常は見られず、原因不明なのだそうです。不思議です。

祈るだけでは何もなりませんが、祈らないことには何も始まらないと私は考えます。
そして祈りは常に自分以外の対象に向けられるべきであって、自らのために祈るべきでないと思っています。
できたら自分の外側全てを対象にできるような祈りとか。本当は彼我すらなくなるような祈りがいいのでしょうけど。
そんなことを考えながら毎日祈りを捧げています。

磁場のせいなのか白亜の丘の成せる技か、はたまた丘から見渡した景色の賜か、その日は祈りがよく通ったような気がしました。


平成二十七年神無月朔日
不動庵 碧洲齋