侍のように

最近の電子辞書は恐ろしく便利なもので、単なる辞書の域をも超えているほどの機能を持っています。先日息子に高校生ぐらいまで使えるグレードの電子辞書を買い与えましたが、よほど嬉しかったのか、いつもボディバッグに入れて持ち歩いているようです。普通の子供はニンテンドー辺りを常時携帯しているところですが、うちの子はカシオのエクスワードをいつも携帯している点がちょっと自慢です(笑)。

昨日、都内に出た帰りに息子が電子辞書を開いて読んでいたのは「日本国憲法」。多分、皇居の一般参賀の折にたくさん見かけた右翼団体の車両に触発されたのだと思います。特に息子が気になっていたのが言うまでもなく「第九条」でした。

第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

昨今、軍備拡張や軍事装備の輸出にも諸手を挙げて拍手喝采する連中が多くて辟易しますが、多分そういう連中は軍隊が負担になっている諸外国のことをよく分かっていない。そういう意味で日本人はローカルだなと思います。ネット上のことだけを拾い集めて気に入ったところだけ喧伝しても全く意味なし。一度外国で暮らしてみなさいと言いたいところ。愛国主義でも国家主義でも革新でもちょっと世界を知らなさそうな人が多い。(ま、左派はインテリが多いのは認めますけどね)「正しい」「正しくない」という解はなく、どれだけ国益に合致してかつ諸国に対して品位を落とさないか、敬意を失わずに済むのか、そういう辺りのうまいバランスを考えるにはやはりリアルで世界を知る必要がある。ネットでどれだけ知識を得ても意味が無い。この国際的な感覚はリアルで交流のある人でないと分からない場合が多いように思う。そういう点において、日本人は信じがたい程ローカルだと痛感させられることが甚だ多い。

第九条を支持しているわけではありません。むしろその逆です。個人的には第一項についてはなかなか良いとは思っています。問題は第二項の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」で、これこそ根底から書き換える必要があると感じています。これを基に考えたら自衛隊は完全に憲法違反になります。「前項」の「目的」を「果たすため」の手段としての軍事力放棄は勿論間違いです。私たちは聖者の国に住んでいるわけではないのですから。日本がわざわざアメリカなどに付き合って、他国の紛争に軍事力を送り込んで攻撃することで押さえつけるということには反対ですが、攻めてきたものを防ぐにはやはり軍事力は必要ですし、国連の作戦でも同様です。そしてそれらに即応できる武器は持つべきです。

海外の同門、友人らによくこの第九条について聞きますが、ほぼ全員「キモい」「バカげている」「あり得ない」「おかしい」「変えるべきだ」という意見が大半を占めています。コモンセンスでこの条項は常軌を逸しているという事です。これがあって喜んでいる国は2.3ヶ国ではないかとすら思います。韓国ですら実際に軍事的危機に陥ったらころっと態度を変えそうです。

これは当流の前の宗家が書き記したことと聞いています。
「忍べや忍べ、ただ忍べ、抜けば斬るなよただ忍べ」
刀の使う人への戒めの言葉です。

この境涯はまさに今の自衛隊のようです。江戸時代の武士たちも腰に刀を差してはいても、街中で抜刀するなどという事は恐らく人生のうちに1度あったかどうかと言うほどだったと思います。修練を怠らず、さりとて誇示するでもなく。

日本が正式に再軍備できる日が来るとしても、それはあたかもサムライのような志であってほしいと思ったのでした。

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平成二十七年臘月二十四日
不動庵 碧洲齋