久々の日本語教育に思ったこと

昨日は午前仕事で午後半休を取り、20年来の付き合いのある友人と会いました。
私は1999年まではフルタイムとして、以後数年はスポットで日本語教師をしていましたが、その時の同僚です。その元同僚が日本語を教えている場所に行ったのです。

日本語学習者は全員、研修生として来日したベトナム人の女の子たちです。みんな若くて可愛らしかった(笑)。
現在、日本の労働人口は全然足りていないとか、いや実はニートやフリーターをもっと活用すれば事足りるはずだとか言われていますが、現実問題として「全然足りてません」。
公式発表に出てくる数字は氷山の一角です。いわゆる3K労働で未だ日本人が就労しているところは少なく、かなり多くの割合で代わりに外国人が働いています。弊社も工業団地にありますが、やはり中小企業、零細企業ではかなり多くの割合で外国人労働者を見かけます。現実問題として日本の経済規模に対する労働力は国民の人口だけで養えていないのが事実です。
今回日本語を教えた彼女たちはもちろん正規の手続きを踏んで就労している人たちですが、コンビニ製品の加工製造を手掛けていて、工場はコンビニと同じく24時間操業、3交代制。昨今、コンビニの店頭に外国人店員を多く見かけますが、実はそこで販売されている加工食品の製造にも、多くの外国人が関わっています。つまり日本人がコンビニに対して飽くなき便利さの追求をしている限りは、余計にきつい労働が必要とされ、それは外国人たちの労働によって成り立っているという事です。
本気で愛国主義者と思うなら、ネットや路頭で空虚な美辞麗句を撒き散らすよりも、多く納税してかなり慎ましい、自己の労働を惜しまない生活を送って頂きたいものです。贅沢、もしくは便利な生活をしながら外国人労働者を否定する姿は日本語教師からすると片腹痛い・・・かもしれません。

話が逸れました。日本語を教えなくなって10年以上になりましたが久々に教える手伝いをすると本当に面白い。今のサラリーマン生活とは全く違う。今の仕事も国際的ですが、日本語教師の時はもっとクリエイティブな仕事のように思いました。ま、その学校(会社)があまりにブラック企業だったので止めざるを得ませんでしたが。
日本語教師は国内においてはそういう普通の社会では見にくい部分で働いている外国人たちと多く接することができますし、海外では加えてそれなりにエリートの方々と接することもできます。
日本で英会話教室に通う人たちと、国内外を問わず日本語を学ぶ人たちの決定的な差は「日本語をすぐに使って収入を得る」という現実的な手段のために学ぶ人が圧倒的に多いこと。趣味やカルチャーではありません。故に学ぶ人の姿勢たるやものすごく真剣です。昨日は久し振りにさび付いた知識と技術をフル回転させた気がします。気持ちよかった(笑)。

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ベトナム人日本語学習者たちがご馳走してくれたベトナム料理。おいしかったです。

現在でこそ武芸においても武門の末席を僅かに汚している身ですが、実は「先生」と呼ばれたのは日本語教師が最初です。そういう意味ではなかなか感慨深い職業でした。将来的にも国際的な生き方を続ける以上はまた日本語を教える機会にも出くわすのでしょう。ふとそんなことを思いました。

平成二十八年卯月二十四日
不動庵 碧洲齋