予知より日々の点検

私は会社で製品の他に補用部品の輸出も担当していて、部品発送の時は部品センターで作業をします。
部品センターの中二階には部品発送用のダンボールが大量に積まれているのですが、時折危ないなと思ったときなどはセンター長にさりげなく意見したり、自分で上がって直したりするのですが・・・。

今朝はその部品センターで危うい事故から間一髪で回避しました。
今朝はその中二階の縁の真下で行わなければならない作業があったのですが、今朝に限ってその作業に必要な部品を手にして、中二階の床の真下にまで持って来て作業をしました。短時間だったので特に気にも留めませんでしたが、作業後に自分が部品を梱包していた作業台に戻ってから妙な気分になり、何だろうと思っていたら、2メートルと離れていない、さっきまでいたところに中二階に積んであったダンボールが崩落して、下で作業をしていた社員が巻き込まれました。
たかがダンボールという勿れ、量が量だけに結構凄まじい衝撃と音でした。
幸い巻き込まれた社員は外傷もなく、しばらく休ませました。むち打ち症はあるようでしたが。

矢印のように積んであったダンボールが崩落した。下も作業する場所になっている。
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武芸をしているとこの手の予知能力というのか、危険察知能力は程度に差こそあれ大抵は身に付くものです。多分それは思っているほどには非科学的なものではないように思います。
ただ、本来武芸者というものはそういう神がかりな感覚を期待すべきではありません。いや、武芸者に限らず、あらゆる職においてです。

日々の生活においてどれだけ隅々まで高い精度で点検をして深く観察をして異常を発見するか、それに優るものはありません。多分今朝の事故も潜在意識でダンボールが落ちそうだったのを認識していたのかも知れません。
日々のルーティンワークを確実に高い精度で行い、深い観察力を養うこともまた、武芸においては重要な稽古だと思い、日々おろそかにせず行っていますが、えてして日々の小さな行いの積み重ねが身を救います。一見、輝けるような奇跡の所行であっても、やはり日々の小さな積み重ねの集大成だと思います。

私は奇跡はあると思いますが、人事を尽さない人には起こらないと思っています。昔から言われているように「人事を尽して天命を待つ」です。個人的には更に進めて「人事を徹底して、無心にて待つ」感じでしょうか。

武芸では日々の小さなルーティンワークのわずかな異常をも見抜く観察力と洞察力が重要になってきます。

平成二十八年神無月七日
不動庵 碧洲齋