不動庵 碧眼録

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zoom RSS 親子旅 上州の山へ

<<   作成日時 : 2018/11/17 17:24   >>

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水曜日は埼玉県民の日で学校が休み。私もそれに合わせて有休を取りました。
今年4月に尊敬していた方が他界されたため、その墓参を兼ねて息子とドライブをしました。
行く先は日本で最も深刻な限界集落として知られている群馬県南牧村にある黄檗宗黒瀧山不動寺。そこの住職は私に初めて禅の手ほどきをしてくれました。
混んでいなければ2時間少々の道程でしたが、そう言うときに限って大事故を起こす輩がいるものです。4時間もかかってしまいました。
深山の奥まったところにある山寺ですが、知る人ぞ知るという大変な名刹です。何でそんなに知られないのかと思うほどです。久し振りに行きましたが、相変わらず静かでした。ただ11月も半ばだというのに完全に紅葉していないのが奇妙に感じましたが。
住職の遺骨は歴代住職の慰霊塔に納められています。そこで懇ろに読経をしましたがさすがに途中は言葉に詰まること数回。想い出が甦ってきました。

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初めてこの寺を知ったのは2002年の丁度ゴールデンウィーク前にNHKで放送されていた「NHK小さな旅」で紹介されていたからです。一目見て強い関心を持ち、よく週末に早速一人で訪れました。その時気さくに話に応じてくれたのが住職でした。禅僧というか僧侶と日常的に交流を持った最初でした。
普通、僧侶と話す機会があるのは葬儀や回忌の時ぐらいではないでしょうか。私もそうでした。しかしこれを機に仏教に対する興味と信心を持つようになりました。今だから言えますが、人は何らかの形であれ、信仰というか信心がない人は信用されにくいと思います。一番緩い神道であれ、仏教、他の宗教でも、信仰がある人はやはり道がよく見えている、そんな気がします。私も長年武芸を嗜んでいましたが、禅に出会ったことで両輪の輪になった気がします。

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墓を詣でた後、息子と山を登りました。いつも登る岩山のルートです。久々に登りましたが、なんと感覚がズレることか(笑) つい4.5年前は小走りでも通れた両側が断崖絶壁になっている道も、久々に通るとかなり慎重になってしまいました。息子が4.5歳の頃にも登らせたのですが、今回息子もかなり恐怖していました。しかし面白いことに息子が怖く感じるのは「煩悩が増えたため」なんだとか。小さかったときは仏性そのままだったので怖くなかったが、今は知恵を付けて煩悩にまみれたから怖いのだとか。なるほど。

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それにしても武芸をしているものがヒーヒー言うのは情けない。折をみてまた、登りたいものです。見晴台という、景色のいいところで昼飯を食べました。天気が良かったので大変景色もよく見えて、息子も満足でした。帰路も大変でしたが無事に寺まで戻れました。
寺を出て一度道の駅しもにたにてソフトクリームを食べ、一路帰路に就きました。
さすがに帰路は空いてましたが、外環が混んでいるという情報があったので、手前の圏央道から東北自動車道にスライド。そこから真っ直ぐ南下して自宅に近い首都高の入口で降りました。

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息子と色々話しました。
男として美学を持つこと、世に在って大志を持つこと、何年俟ってもよき師を持つこと、人として世に役立つこと、日本人としてあるべきことを探すこと。あいにく私は凡才ですが、幸いにして少しだけ国際的に交流があり、まずまず得がたい師が幾人かいるため、多少大言壮語してもよかろうと思った次第。私には師と思える人が6人もいます。内2人がすでに他界しました。しかしこんな凡才にたぐいまれな師6人に巡り会えるという幸運は多分、普通に生きてはいけないという天命のように思います。
他人より優れるよりも自らこの世に在って為すべき事を知ることの方が遥かに重要で、それを知る最も近い方法が師を持ち、見聞を広げることだと言いました。他人より優れていた方がいいに決まっていますが、競って優れるという意味ではなく、早くその志に気づき伸ばし、それを以て世に役立てるという意味で。
あとこれも言いました。お前の父である前に、お母さんの夫である前に、自分は武芸者であり、これは死ぬまで辞められないことであると。自分の人生がこれを軸にして動いているため、生活を楽にしてやれないのは本当に反省しているが、人は生きる価値を見出すために生きているのであって、生きるために生きているのではないと、言っておきました。理解してくれたようです。

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多分、息子は私よりはずっと大物になってくれるような気がします。親バカかも知れませんけど。

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