バルトの楽園

先ほど松平健主演の「バルトの楽園」を観た。評判に違わず大変素晴らしい作品だった。何にも増して素晴らしいのはこれは実話だったという事。日本は第1次世界大戦では連合国であったが、欧州諸国に較べるとそれ程動員したわけでもなく。実際は数万の陸軍を中国のドイツ租借地に送り込んで攻撃を加えたことと約20隻の海軍艦艇を地中海に派遣したというものだった。だからドイツ人にはそれ程憎しみがあったわけではなく、それも手伝ってドイツ兵捕虜に対しては丁重に扱ったのだと推測する。もちろん、松江所長の人徳によるものも大だ。
驚くべきは彼ら捕虜が遺していった技術文化が今なお日本に根付いているということには驚かざるを得ない。

いつの頃からだったか、多分、結婚して子供ができてからだろうか、いわゆる戦場の美談というものを見聞きするたびに恐ろしさを感じるようになった。
戦場で起きた奇跡のような美しい話し、敵味方を超えた情のやり取り。それらは美酒のように人々を心地よい陶酔をもたらすが、あいにく私は下戸で酒は飲まない。
戦場で起きる美談は戦場でのあまりに醜い修羅場と背中合わせである。濃い影が現れるのは決まって強い光があればこそだ。本来普通の生活をするにそのような濃い影、強い光は必要としない。

朝起きて、家族と共に朝食を取り、仕事に行き社会のために働き、家に帰ってやはり家族と共に夕食を取り団らんを楽しむ。毎日の何でもない、ごく普通のことの方が遥かに戦場の美談に優る。戦場で奇蹟のような美しい話しが生まれた場合は、その何千倍、何万倍もの恐ろしい出来事が起きていると知るべきである。だから戦場の美談が生まれないよう、戦争そのものがなくなるよう、私たちは努力していかねばならないと日々思う次第である。

ただこれを機に色々な形で日本とドイツは良きライバルであり良き友好国として今に至っている。私もドイツには数回行き、友人も多くいる。こればかりは嬉しい事実である。

令和弐年皐月三十日
不動庵 碧洲齋

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