銀河系

宇宙人はいるかいないかという話。
私は「いる」と思っている。確実に。
ただ、「宇宙戦艦ヤマト」みたいにどちらかがどちらかを侵略したり、「スタートレック」に出てくる惑星連邦のように百を超える知的生命体の連合体になることはないかも知れないと思っている。
理由はその広大な空間と長大な時間である。
人類が文明と呼べるような文明を持ってから5000年、仮にもし人類がもう5000年生き延びられたとしても合計で1万年。宇宙では1万年などという単位は「ほんの一瞬」にしか過ぎない。
かのカール・セーガン博士も言っていたように、宇宙の随所には知的生命体は存在するものの、同じ時間帯で隣接した空間に存在する確率こそが極めて希だということ。
例えば年齢約130億年、直径10万光年の銀河系では1000億の恒星があると言われているが、そうすると惑星の数はその10倍だろうか。そこに生命が存在しないとは到底考えにくく、知的生命体も例えば10億分の1であったとしても100個はある計算だ。問題はその100個、文明の発達速度はまちまちとしたら、どの程度同時期でいられるか、そもそも100個が広大な銀河系にまんべんなく散布していたら、太平洋に浮かぶ一つの西瓜玉を見つけるよりも難しい。(銀河系の星の密度は太平洋に西瓜玉3個程度なのだそうだ)その西瓜はまだ放り投げられていないかも知れないし、既に腐って水没したかも知れない。「知的生命体が他にいる」という定義はそのくらい難しい。「いる」としても「いない」とほぼ同義語になるというのが宇宙のスケールだと思っている。

師との逢会の話しである。
長く武芸をしていると、良師に恵まれず苦悩している人が少なくない。多分これは武芸のみならず、各諸芸においても同じと推察する。
良師というのは絶対評価では存在しない。各々にとって最適な師かどうか、という意味である。
私の場合は武芸だが、私は自分に合った流儀、自分に合った道場、自分に合った師で間もなく35年になる。私の場合、金運からは遠く見放されていたり、女性運などは地獄の底まで突き落とされている感ありだが、こと師匠運に関しては毎日感謝の念を欠かさないぐらい運が良いと思っている。武芸は言うに及ばず、禅においても運が良すぎるぐらいに素晴らしい師に師事して13年になる。
多分、良師逢会運に全ての運を持って行かれたのだと思う(笑)

良師に出逢えるか出逢えないかはやはり天命を待つというのが正しい気がする。しかし天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かずという言葉のごとく、良師に出逢うためには自ら励み身を慎み人事を尽し潔斎している覚悟が必要であると思う。あなたの面前に現れるのは、確実に「あなたに見合った師」であるから。つまり「あなた相応の師」である。レベルの低い師も高尚すぎる師もあなたには見えない。あなたの視線に捉えた師の背中を生涯かけて追って行く、だから日頃から自ら励み身を慎み人事を尽し潔斎している覚悟が必要である。もちろん良き師に出逢った後も同じだ。

令和2年臘月十二日
不動庵 碧洲齋

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