臘八座禅会最終夜

本日は臘八座禅会の最終日でした。
今年は久々に長く坐ってみたくなり、たまにやる7日間で48炷、24時間坐るというのを目標と致しました。
久々にやってみるとこれがなかなかキツい。4日までは全部結跏趺坐でやってきましたが、5日目からはとうとう自宅で坐るときは半結跏趺坐にしました。我ながら情けない。
で6日目までで22時間坐り切り、本日は座禅会前の随坐1時間と臘八座禅会1時間の計2時間で晴れて24時間坐った計算になります。

昨日6日間で22時間坐った段階でもう脚が痛くて体力的にもヘロヘロ状態でした。本日も退社後、寺に行くまで『あと2時間さえ坐れば取り敢えず24時間坐ったという目標は達成だ』と恥ずかしながら思っていたのですが・・・
座禅堂にて坐った瞬間にスイッチが入ってしまったようで、最初の1時間の随坐は丹田が温まり、呼吸も深く10分と坐っていない感覚でした。
19時から始まった臘八座禅会はある意味凄まじかった。丹田がグラグラと音を立てるぐらい熱く感じ、うっすら汗が出るほど。時間は3分と坐っていない感じがしました。なので抽解の鐘が鳴ったとき、それが一瞬、止静の鐘と勘違いしたほどでした。
経行でも走りながら叫びたくなるほどに(笑)精気に満ち満ちた感じがしました。こんな感覚は滅多にありません。何年も前に一度あったかどうか。
坐禅が終わり、本殿に移って最後の提唱を聴きました。本日はその後におでんが振る舞われるので腹を空かせて来ているわけですが、提唱中も全く腹が減らず、どうしたものかと思ったほど。
幸いおでんが出されたら3.4回もお代りをしましたが(笑)
師匠曰く丹田が熱くなる坐禅はどんな場合も正しい坐禅をしているとのこと。さすれば本日の坐禅はかなりうまくいったと言えます。

三昧に入れていたのかどうかは分かりませんが、深い禅定にはいたような気がします。
感じたことは二つ。一つはとても懐かしい感じがしたこと。懐かしい人に会った、懐かしい場所に来た、そんな感じの懐かしさを感じました。何となくよい香りもした気がします。
それとずっと耳に残っている言葉「かたじけない」私が心で言ったのか聞こえた言葉なのか分かりませんが「かたじけない」という言葉がずっと離れません。
「かたじけない」の意味は;
1 もったいない。恐れ多い。
2 身に受けた恩恵などに対して、感謝の念でいっぱいであるさま。身にすぎて、ありがたい。
3 恥ずかしい。面目ない。
だそうです。何となく分かったような分からなかったような。

今回の坐禅は多少の誤解を恐れずに言えば「仏をより近く感じた」坐禅だった気がします。長ければ良いというものではありませんが、長く坐った甲斐があったと思っています。

今年の座禅会はこれにて終わりです。

令和弐年臘月七日
不動庵 碧洲齋
DSC_0523.jpg

この記事へのコメント