ノア 約束の舟

日曜日は息子と春日部まで映画を観に行きました。 鑑賞したのは「ノア 約束の舟」。 息子は年齢の割には聖書に関する知識はなかなかあって、聖書の神のこと、アダムとイブのこと、もちろんノアの方舟のことなどについては一通り理解しています。 この映画を見るのであれば、さらっと聖書をおさらいしておくと分かりやすいかも知れません。 話の大筋は聖書通りですが、血筋的にはアダムとイブの子供、アベルを殺…

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欧米人の歴史観について

最近、たびたび目にするのが「歴史観を改める」。 これについてちょっと。 私が子供の頃に日本の歴史観に対して「?」と思ったきっかけ。 小学校2年生の頃だったと思うのですが、近所に家族ぐるみで仲のよい老夫婦がいて(母の仕事仲間だった)、ご主人が若い頃、三菱重工で97式中戦車の製造に携わっていたと言うことで、新年ははじめて靖国神社に行きました。 物心ついたことから戦争には興味があったので遊就館…

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19日は一路北へ

19日は有給休暇を取ってフィンランド同門と前日めでたく夫婦になった門下生計4人で宇都宮まで行きました。 最初の目的地は大谷石資料館。大谷石ってご存じですか?名前は知らなくても見たことがない人はいないと思います。これです。 英語ではライムストーンと呼ばれ、軽くて容易に加工ができる石です。日本建築の至る所で使われていますね。 それが採掘されているのが宇都宮市郊外にある大谷と…

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第三回 滝の城祭り

昨日は今年で3回目になる滝の城祭りに参りました。 滝の城は現在の埼玉県所沢市にあり、切り立った崖からは東京都清瀬市がすぐ近くに見えます。 小さな城で今は神社になっていますが、城の保存会の活動によって城郭などはかなりきれいに保存されています。 小城ですから歴史に名を残すような大きな事件はありませんでしたが、我が故郷、埼玉の城として何か惹かれるものがあります。 毎度の事ながら外国…

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平成二十六年式兵糧丸備忘 其之二

昨日は多少割合を変えて作ってみました。 つなぎである山芋を1.5倍(だいたいスーパーで売っている1本の3/4ぐらい)にしてお酒(カップ酒)を昨日の半分からまるまる1本。加えて蜂蜜を昨日の倍量。そして水をほとんど使わず。後で気付きましたがきな粉がちょっと少なかった。また、今回はきな粉・アーモンド・すり胡麻のミックス粉を使ったのですが、ちょっと少なかった上にやはり胡麻の風味が少ない。やはりちゃんと…

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平成二十六年式兵糧丸備忘 其之一

私は今まで10数回ほど兵糧丸を作ってきましたが、それについて。 兵糧丸は現代で言うところのちょっと高価なカロリーメイトのようなもので、戦場にて会敵する直前、しかもしばらく長期戦になる場合などに食べたのではないかと思います。 レシピは特に決まったものはないようですが、主に そば粉 米粉 きな粉 すり胡麻 山芋 蜂蜜 出汁 酒 です。それに干し梅などを入れた場合もあ…

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移民について

少し前から移民について思うことがあります。 少々耳が痛い方もいるかも知れませんが・・・。 基本的に移民には二つあって、労働移民と自由移民です。 自由移民はここでは問題ではありませんので省きます。 労働力が国情に比して余っていたら他国に行く場合(主に発展途上国)と産業振興度に比して労働力が足りない場合(主に先進国)のケースがあります。 欧州の先進諸国や日本は両方の経験があるところが多…

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時代祭の殺陣

この10年ほど、甲冑を着用して時代祭に参加するようになってからはよく殺陣を任されることとがあります。 胴着で行う殺陣とはまた違って、戦国時代を偲び想いを馳せるにはとてもよい経験です。 むろん、甲冑装着時の武器の繰法などもかなり参考になります。 これは現代においてはなかなかない経験だと思います。 私の殺陣のスタンスは基本、演武ベースです。 つまりウソくさい軽さ、軽妙さを用いません。 …

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はじめて雅楽を聴いた

昨夜、フェイスブックの友人から招待されていた雅楽の演奏会のために息子と中目黒まで行きました。日比谷線の終点まで行くのは久しぶりです。 主催者の方ももちろん雅楽をしますが、その日のゲストは本物の宮内庁の雅楽担当職員さん。お名前は豊剛秋さん。元宮内庁楽師で音楽家の東儀秀樹さんもそうですが、元宮内庁楽師というのはイケメンぞろいなんでしょうか、衣装も平安時代の貴族が着ていたような着物でホントにカッコよ…

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昨日の稽古

昨日は弟子と甲冑仲間の1人とで稽古をしました。 稽古の内容のほとんどは来月行われる「第三回 滝の城祭り」で行われる城物語の一幕、合戦にて行われるアクションのため。 甲冑を着て長得物を振り回す機会というのはあまりないため、私は第1回からずっと参加しています。今年は色々あって豊臣方。本当は滝の城方をやりたかった~。 写真は4/13に行われた群馬県甘楽町の小幡桜祭りのもの 15分程…

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道について考えた

先日、FBの私の道場のページで何となく「ナントカ道」の道について書きました。その折、「みち」の語源についてちょっと興味が湧いたので調べてみたのですが、一番なるほどと思ったサイトはこれ。 http://homepage3.nifty.com/rosetta_stone/wissenshaft/lexicon.htm 訓読みは古代日本語から来ているものが多いですが、ものすごく身近な単語に…

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龍のいた時代

その昔、中国では「龍」は皇帝のシンボルでした。 そして最初に帝王となったのが「黄帝」だったことから、「黄龍」といえば中国の皇帝を示していました。 ではいったい何のモチーフが「龍」になったのだと思いますか? 実は「龍」は中国において大きな川を指していました。 我々が日頃使う漢字に「工」という漢字があります。「工事・工作・工夫」などに使われる漢字ですね。これ、何のモチーフだと思いますか?…

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うんざりさせられる

どこぞのFBのグループだったか、未だに「鬼畜米英」などと口にする輩がいる。全く呆れ果てて言葉もない。一方で朝鮮からの戦時中の難癖には徹底抗戦をする。自分が70年前のことを突っ込むのはよくて、他からのツッコミはよくないのか。あまり口汚く罵りたくないのですが、この連中はバカじゃなかろうかと思います。 私は米国が正義だとは露にも思っていません。 日本各地で行われた都市部への空襲や2発もの核兵器…

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日曜日

昨日は5/18に開催される滝の城まつりの練習日でした。 練習場所は所沢市にある滝の城跡、城山神社。 滝の城などという名前を知る人はまずいないでしょう。文字通り小さな城です。 歴史上でもほとんど名の上がらない、北条氏の一支城です。 そういう閑散とした城跡で祭りが開催されるというので何とはなしに参加したのが三年前。以後殺陣メンバーのメインとして参加させて頂いておりますが、参加するほどにこ…

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震災3年目

あまりタイムリーに書きたくなかったので、わざとずらして書きます。 東日本大震災とその関連について。 大災害であったにも関わらず、心の中では妙な平穏感がありました。 うまく言えません。被災地以外では逃げ出そうとか、慌てようとかいう感じがほとんどしなかったというのか。 全部ではないでしょうが、多くの日本人がそんな感じではなかったか。 被災者の方々ですら、悲嘆に暮れるにしても、苦労をするにし…

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東京大空襲

今日は東京大空襲があった日です。死者約10万人という数字は史上最大級の爆撃です。関東大震災を除くとこれだけ一度に人が死んだ記録は日本史の中ではなかったのではないかと思います。つまり自然災害を除けば東京大空襲が日本史で一番、日本人が大量虐殺された事件と言えます。 前にも書きましたが、母は4歳になる前にこの大空襲を経験しました。空襲は幾つかありましたが、米海軍艦載機の銃撃に幼い兄弟と祖母ともど…

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二つの特攻の物語

昨今、百田尚樹氏の「永遠の0」が高い評価を受けています。 私も映画を見に行きましたし、小説も2回、読み返しました。 あらゆる面で非常に優れた小説だと思います。 小説ではないのですが、これに匹敵する、特攻に関する物語を知っています。 「お父さんへの千羽鶴」 作者:ときたひろし 私の友人です。 子を持つお父さんで、これを泣かずに読める人がいたら一杯奢りたい、と思うほど素晴らしい作品で…

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手元に置いておきたい

・・・所有欲が高いわけではありません。 ・・・ま、私に娘がいたら、彼氏は身も心も凍り付きそうな恐怖の試練を味わっていただくかも知れません(笑)。ルナチタニウム合金箱入り娘にしてしまいそうなので。(笑) 自分の蓄積してきた情報や知識です。 私の一番古いメモは15歳の時のもの。30年前から警句や箴言、物語、短歌、稽古のノート、過去のブログなどなどをまとめたものや、友人の贈った武道歌や短歌そ…

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口に上るまでの尊さ

西遊記でもおなじみの三蔵法師こと玄奘三蔵は27歳の時にインドへ仏教を学びに行こうと志し、往復16年というとんでもない長旅を終えて帰国しました。その時43歳。その後、寺院に籠り持ち帰ってきた経典の漢訳に生涯を費やし、その16年後、「般若心経」の大元となった「大般若経」の訳出を終えて100日後に遂に他界したという、ものすごい方です。戦時中、偶然日本が玄奘三蔵の墓を発見して、分骨してもらい、その骨は今…

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歴史を観る場合・・・とか?

私は歴史は好きな方ですが、基本的に歴史を俯瞰するときに注意することがあります。 それは・・・ 「タラ・レバ・カモ」 の視点です。その時そこにいた人、決断せざるを得なかった人がベストの判断を下しました。それだけです。 それを既に結果が分かっている現代人があれこれ言うのは後出しじゃんけんのようなものであまり品もなければおもしろくもない。 とはいえ全然ないのもつまらないので、私的には歴史の本…

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珠玉を磨き、黙して掲げるべし

【ワシントン=青木伸行】米国務省のハーフ副報道官は22日の記者会見で、米バージニア州内の公立学校の教科書に、「日本海」に加え「東海」を併記する問題について、「日本海」が唯一の呼称であるとの米政府の方針を強調した。 あれ?併記で可決になる予定じゃなかったんだっけ?とさすがに苦笑してしまいました。 韓国ロビー活動に従事した方々にはお疲れ様でした。 ここ最近の上下朝鮮の品格を欠くロビー活…

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「永遠の0」を観た

久しぶりにインパクトがある映画でした。事前に小説を読んだにもかかわらず、思わず泣きそうになりました。 (実はちょっと泣いた) 私も今、先祖を調べています。近いところでは母方の祖父を調べました。 戦争当時、エースパイロットだった宮部さんが生き延びる事に拘った理由。妻子ある身なら分かると思います。この感情は別段映画のスクリーンにするまでもなく、人類普遍で誰でも持っている心情です。 海外での旧…

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中国について思ったこと

昨日、息子と風呂に入ったとき、なにげに聞いてみました。 「もし中国と戦争になったらどうしようか。」 「戦争になりそうなの?」 「さあ、このままいくと、ちょっとした戦争はあり得るな。」 「止められない?」 「日本人や中国人の多くは戦争なんてしたいと思っている人は少ないが・・・」 「じゃあなんで戦争が起りそうなの?」 「戦争をしたいと思っている人の声と権力が強いんだろうな。」 私は息…

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今上陛下八十歳の日

昨日は皇居に行きました。 私は愛国の情はどこででも出来ると思っていますし、わざわざ皇居に行って天皇陛下万歳をするだけが愛国心だとも思いませんが、取りあえず今回は是非とも息子に天皇陛下と皇族を直接見せてやりたかったことと、同門米国人がたまたま来日していたので見せたかったというのもあります。 昨日は寒かったですね。それでも6時半のバスに息子と乗って竹ノ塚駅まで行き、そこから北千住まで。北千住…

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利休にたずねよ

日曜日に家族で観に行きました。 妻が茶道をしているためにやはり興味はあります。 海老蔵本人の性格とか色々言われていますが、演技はさすが、私は貫禄があると思いました。まあ、こんなごっつい利休だったのか微妙ですが。 豊臣秀吉・・・いかにもステレオタイプ式でいいのかと思った次第。これじゃバカ丸出しじゃないですか(笑)。 石田三成・・・福士誠治君まで使って腰巾着にさせるとは・・・ちょ…

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ネルソン・マンデラ氏

先日、南アフリカのネルソン・マンデラ氏が亡くなりました。 彼がどれほど偉大だったかは、色々紹介されていると思うのでそちらに譲ります。 今現在、私が生きている間にいる(いた)、私が特に優れていると思う偉人としては、教皇フランシスコ、ダライ・ラマ14世、ミハイル・ゴルバチョフ氏、そしてネルソン・マンデラがいますが、ネルソン・マンデラ氏は人類に偏在する人種差別と戦ってきたという点で他の三方よりも私…

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一語一句一挙動

今、天皇皇后両陛下はインドにご訪問中です。 戦後の天皇の在り方が変わってから、天皇はもとより皇室の言動はよほどのことがない限りは直接的なものの言い方をしません。これは良くも悪くもありますが、ともあれ戦後、そういう形に収まっている現実があり、日本国民は天皇陛下や、皇族が発する一語一句一挙動について、よくよく考えて何故それをされたのか、何の意義があってそのようなことを発言されたのかを慮る必要があり…

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動かない 動かない

今朝方、息子が学校で読む本がないと騒いでいたので、自分の本棚のちょっと探してみました。今はコアで濃厚な本が大半なのですが、簡単そうな本を見繕って見せました。 一つはギリシャの名言、一つはエジプトの名言、最後は佐久間艇長の遺言。 名言シリーズは少々難解だったようです。 佐久間艇長はご存じでしょうか? 戦前の人ならご存じだと思いますが、wikiに詳しく載っているのでリンクを貼ります。 …

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飢えか滅ぶか

昨日は息子と「おしん」を観てきました。 映画館では高齢者が10数人いただけでしたが、これはヒットしているのでしょうか。 個人的にはかなり見応えある作品だと思います。 主人公の濱田ここねちゃん、劇団にいる子供でもあそこまでの演技はなかなか出来ないかと思います。そうとうガッツのある演技でした。 ロケ地はかなり寒かったと思いますが、それを堪え忍んだ感じが良く出ていました。 これから大いに期待…

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それぞれの10歳

昨夜、なにげに息子と語りました。 ジイジが10歳だったとき、私が10歳だったとき、そして息子が10歳になっている今。 祖父が10歳だったのは1945年、その年日本は日本史上空前絶後の大敗戦を経験しました。 その年の前半は米軍の巨大な爆撃機が数百機も東京の空を飛び、日本を爆撃し、後半は米国を中心とした外国の軍隊が駐留している様を見ていました。荒廃した時代でした。 私が10歳だったの…

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