山吹の少女

昨日は所用があって新宿に行きましたが、結構時間があったため、以前から行ってみたかった場所に行きました。 場所は都営大江戸線東新宿駅A3出口を出てすぐ。 天台宗大聖院というお寺です。 そこにはひとりの女性の墓所があります。 太田道灌は室町時代後期、築城と短歌の才に長けながら謀殺された悲劇の武将として良く知られていますが、彼がまだその才能を発揮する前のこと。 ある日道灌は所用の…

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多分こんな感じではなかったか・・・(笑)

時代劇に出てきたニンジャの中で一番「これだ」と思ったのは水戸黄門の「風車の弥七」。理由は武器はほとんど匕首で、寡黙でスカした台詞をいちいち吐かず、おバカなニンジャ装束を着ないという点。しかもレギュラーキャラでありながらいつも別行動(笑) 忍術も最小限しか使いませんし、使うときもさりげなく使っています。私的にはかなりリアリティを感じます。他のは全然ダメです。 「風車の弥七」は完全フィクション…

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ロングセラー

機械においてその機構が長いこと使われているという場合は、間違いなくその構造が優れているためです。 一般の機械でも当てはまりますが、軍事においてひとつの兵器が長いこと使われ続けてきているというのはある意味驚異的でもあります。何故なら通常、軍事とはその国家における最先端科学、工業が結集したものであり、日進月歩が早い事でも知られているためです。長らく固有の兵器が使われることには他に理由もありますが、…

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71回目の終戦記念日

今年は戦後71年に当ります。 71年というと、例えば明治維新で言えば明治元年から昭和14年になります。 色々な言い方がありますが、結構昔になってきているのは事実のように感じます。 終戦80周年ぐらいになったら、当時の戦争体験者は多分ほとんど他界していると思います。 71年というのはざっくり2世代に相当しますから、多分今の世代の日本人には戦争は体感として理解しにくいものになっていると思…

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参議院選挙が終わって

このところ、米国では人種差別とも取られる警察の対応に反対してあちこちで暴動が起き、大変物騒になっています。人種差別というのはなかなか厄介で、私も実際に数回、人種差別を受けて大変不快な思いをしました。最近では日本人というと下にも置かぬもてなしを受けることがほぼ大半ですが、同じアジア人でもいささか問題のある民族があちこちで放蕩を尽しているため、アジア人だと言う事で白い目で見られることも少なくありませ…

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正木丹波の槍

歴史的、特に戦国時代では特筆すべき事がかなり少ないわが埼玉県ではありますが、全国に誇れることの一つが「忍城」です。2012年には「のぼうの城」として映画化もされました。豊臣軍と言えば攻城戦の常勝軍として知られていますが、その豊臣軍をして全国で唯一落とせなかったスーパーな田舎城です(笑) ま、指揮をしたのが石田三成だったという幸運もあったかも知れませんが。それにしても2万(少なくとも)対3000弱…

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衆を以て寡を伐つ

中国春秋戦国時代には王で傑出した人が少なくないのですが、中でも個人的に文武両道のバランスの取れた、覇者と言ってよいと思っている人が1人います。 それは斉の威王、田斉になって4代目の王です。 初めのうちは暗愚を装って3年ほど国政を放置していましたが、淳于 髠という説客が、 「わが国には大鳥がいて、王庭にとどまっておりますが、この3年間鳴くことも飛ぶこともしません。この大鳥はなん…

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コインとコインの表と裏

オバマ大統領が広島訪問を果たしてから、俄にネットのニュースコメントが活発になってきた様相です。 今度ばかりは英語が話せる日本人が活発に発言していてきます。これはなかなかありがたい。 これがあるから戦争が起こるんだなと思うことがあります。 広島原爆を持ち出すと決まったように真珠湾を持ち出すアメリカ人。幸いにも驚くほど、私が想像したよりずっと少ない数でしたが、全人類を破滅させる兵器をど…

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勝って兜の緒を締めよ

今から丁度111年前の今日、5月27日は、東郷平八郎率いる大日本帝国連合艦隊が、はるばる欧州から遠征にやってきたロシア帝国海軍第2、第3艦隊を迎え撃ち、近代史上希に見る完璧さで撃破した日です。終戦までは「海軍記念日」と言われていました。 どの位完璧だったのかというと、当時は主力だった戦艦が日本は4隻、ロシアは8隻という不利な条件下で(その他巡洋艦は日本の方が多かった)日本が受けた損害は末端の小…

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二葉と山岡鉄舟

昨日の午後から、他に4人の禅友たちと埼玉県は北部に位置する小川町まで行ってきました。 禅友と言っても私以外は全員が60才以上のベテラン、大先輩たちです。中には私が生まれる前から禅、もしくは武道をやっていた方も。昨今、禅や武道で集うことがあると大抵は中堅か古参扱いなのですが、昨夜は全くの駆け出し、青二才、小僧扱いです。初心に還ったようで妙に嬉しいというのか懐かしいというのか。 同席の二人は…

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戦の今と昔について思ったこと

私は甲冑を買ってから12年ほどになります。そしてかなり多くの割合で甲冑を着て実戦に近いような動きもこなしてきました。なので昨今戦国時代ブームに乗じて流行りだしてきた自前甲冑での時代祭以上には甲冑を着て、本来の用途に近いことはしていると思います。 その間に色々な方のアドバイスや知識に接する機会があり、大変参考になったものがある反面、どうも腑に落ちない類の知識やアドバイスもあり。 そういうことで…

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鹿島神宮の流鏑馬に行ってきた

昨日は通常の早朝坐禅会に出てましたが、提唱は欠席して一路茨城県鹿嶋市は鹿嶋神宮に向いました。理由は昨日行われた流鏑馬武者の甲冑着付けを手伝うため。 ・・・今回も先月に続いてニッポンレンタカーにしたのですが、カーナビのデータが古いので首都圏中央連絡自動車道が載っていなかったため。結局カーナビを無視して自分の記憶を頼りに現地まで行きました。やはりカーナビは脳を鍛えるにはいささかジャマだな。 …

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建国2676年に想う

ここ10数年ほど、2月11日になるといつも腹立たしく感じることがあります。 それはこの日の名称である「建国記念の日」です。 変だと思いませんか?「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのです。 「の」が付く方が正式です。 そこに到る沿革がWIKIPEDIAに記載されているので転記します。 ***********************************************…

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知る者は成さず 成す者は知らず

靖国神社には2万人もの朝鮮人兵士も祭られているというのに。 歴史的背景をちゃんと知っている人はこんな事はすまい。無知の成せる業だ。 というか香の国では歴史と言うより教えているのはフィショナルファンタジーだから仕方ないのか。 韓国の社会情勢が不安な状況下、こういうことで憂さ晴らしに執念をかける輩も多いのだろう。 日本にも頭の悪いナショナリストが増えてきたが韓国はその上を逝っ…

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高橋是清

歴史を俯瞰できるのは後世の人間の特権でもありますが、逆に言えばああすべきだった、こうだったなどと言っても後の祭り、歴史上で起こった事は全て未来に生かされるべきだというのが私の持論です。 例えば昨今、世を賑わせている中国などは全国統一できた王朝だけでも20近くあります。大抵、前の王朝の皇帝は暗愚で家臣のいいなり、その上辺境民族からの侵略があったりして民衆や家臣が一斉蜂起して簒奪するという…

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決まり事について思うこと

私は憲法に詳しいわけではありませんが、こういう見方はできます。 大日本帝国憲法、旧帝国憲法は開国した日本が欧米列強に追いつくために近代化の指標とされた課題の1つですが、明治天皇が起稿せよと勅令を発したのが1876年9月6日。その間、良く知られているように伊藤博文以下、重鎮たちは欧州のあちこちに出掛けて自らの足で調査してきました。飛行機も電話もない時代、大変な苦労だったと思います。そして勅令が発…

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戦争について

たまたま幾つかの写真を見ていたうちに、よく撮れているなと思ったサイパンの写真です。 旧日本軍が海岸沿いに配備した対空機銃座のようです。もしかしたら米軍が上陸するときに使っていた上陸用舟艇の銃座かもしれません。 2007年の夏にサイパンに行きました。 昭和19年7月、祖父はサイパン増援部隊を輸送する輸送船団の1隻に海軍徴用兵として乗り組んでいましたが、米軍潜水艦の雷撃によって海の藻屑…

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甘楽町 小幡桜祭り

昨日は群馬県甘楽郡甘楽町の時代祭に行ってきました。 今回お誘いしたのはギリシャ人2人。 天気は曇天でいささか危ぶまれましたが、ともあれ二人を柏で拾い、一路甘楽町を目指しました。 実は朝から頭に鈍痛があり、よほど行くのをやめようとしましたがレンタカーは借りてしまったし、楽しみにしていた外国人同門もいたので決行と相成りました。 運良く同門二人とも胴着を持参していたので今回は2領とも友人に着さ…

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恨みに報いるには徳をもってす

「恨みに報いるには徳をもってす」 という言葉はかの蒋介石の言葉ですが、彼は陽明学を信奉する一人でした。 台湾は今を以て世界で最も親日の国であり、実際に私が台湾人と接した限りでも世界の全部の国が日本を裏切っても台湾だけは裏切らなさそうな感じです。褒めすぎかも知れませんが。 その国の基礎となった人が蒋介石です。日本にも何度か留学に来ましたし、袂を分かって日中戦争では戦いましたが、日本文化への敬…

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OK オーケー

了承を意味するOKのことです。 先日たまたま「マッサン」を観ていたらマッサン夫婦の愛娘であるエマちゃんが何かの折に「OK」と言っていました。 英語を使い始めてからOKの語源に興味があったので調べたことがあったので、注意を引きました。 OKは結構新しい言葉で、wikiによると1839年のボストンで生まれ、"oll(all) correct" 全部正しい、の意で使われたのが最初だそうです。あま…

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和の国の肇め

太古の昔、漢字が輸入されるずっと前、日本人の一人称単数は「み」だったそうです。そして一人称複数は「わ」。 時代が下って漢字が使われると「み」は「身」の漢字があてがわれたり、「わ」は「我」があてがわれたりしたという説があります。 なので「み」は身体部位や個々の感情に結びついたものが多く、「わ」は家や里、大君のような、組織などの言葉と結びついたものが多いそうです。 現在では「わたし」の「わ…

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大脱出

あ、シュワちゃんとスタローンの映画の話しではありません。英語で言うと"Exsodus"。大文字の方は旧約聖書の出エジプト記を指します。かのモーゼが同胞を率いてエジプトを出たという話しですね。 昨日は息子と「エクソダス」を観に行きました。 吹き替え版で丁度いい時間のはかの越谷レイクタウンしかなかったのでやむなくそこに行きましたが、一体全体、あの無意味な広さは何とかならないんでしょうか。ショ…

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アブラハムと安倍総理

英語をかじっている人なら知っていると思いますが、英語でAbeはAbraham(アブラハム)の略称です。 また、少し聖書を紐解いたことがある人ならご存じだと思いますが、ひどい神様が信心深いアブラハムを試すために息子を生け贄にせよと命令して本気でそれに従った方です。幸い息子のイサクは殺されることはありませんでしたが。この話で欧米の神様の酷さをよく認識したものです(笑)。 このアブラハムさん、…

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昭和時代を偲んで

昨日は先帝陛下たる昭和天皇が崩御された日でした。 1989年1月7日早朝だったと思いますが、実はこの平成元年の夏に私は米国に留学したので、ある意味昭和と平成の区切りというのは私の人生でも非常に切り分けられます。 寒い朝、2階から降りるとニュースで「天皇崩御」が既に流されていました。 当時の私は実はかなりの無政府主義者でしたが、それでもこのニュースにはかなり衝撃を受けた記憶があります。 …

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秋の陣 大多喜

昨日は千葉県夷隅郡大多喜町の時代祭に行ってきました。 この祭りは私が自前甲冑祭りに参加した最初の祭りで、かれこれ10年前になります。祭り自体は第40回目で時代祭としては結構古い部類になります。 昨日は友人2人を途中で拾って始めて東京湾アクアラインを使って行きました。都内を突っ切る首都高には泣かされましたが、アクアラインまで来るとあとは本当に楽で驚かされました。特に今年からは市原鶴舞出口からは…

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花子と戦争

********************************************************* 私(明治天皇)は祖先が遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったと信じます。そして国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで見事な成果をあげてきたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は…

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敬老の日

昨日は祝日だったために本部道場にて稽古。 参加者は多分20名ぐらいではなかったかと。幾人かの海外同門と稽古をして11時頃に終了。 その後、初めて来日したというマケドニアの同門を連れて秋葉原まで。 彼曰くマケドニアは欧州でも1.2を争う貧しい国だと言うが、人となりを見る限りはなかなか奥ゆかしい、それでいて自分の国に誇りを持つ武人に見えました。 この旅のために10年近く貯蓄をしたとか…

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すなわち戦わざれば

すなわち戦わざれば亡国必至、 戦うもまた亡国を免れぬとすれば、 戦わずして亡国にゆだねるは 身も心も民族永遠の亡国であるが、 戦って護国の精神に徹するならば、 たとい戦い勝たずとも 祖国護持の精神がのこり、 われらの子孫は必ず再起三起するであろう。 これだけ読んでその高揚な精神に感動する人がいたら、きっとそれは安易に戦争OKタイプの人でしょうな。これだけだったら相当無責任な言…

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四本の蝋燭

今、門下にちょっと注目している同門がいます。 実際に会ったことはないのですが、何を隠そうイスラエルにいる多分20代の青年です。 話した感じではごく普通のイスラエル人のようですが、故にパレスチナ問題に対する姿勢も平均的のようです。 前に何度か、パレスチナ人たちと争いを減らせるよう、日本の武道を活かして欲しいと言ったことがありますが、それはどうやって活かすべきか尋ねられたことがあります。あ…

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祖父の命日

そう言えば今日は母方の祖父が戦死した日でした。 昭和19年7月8日、サイパンに向けて最後の増援部隊を送る輸送船団の一員でした。 今となってはどの船に乗っていたのかも分かりません。 戦死した日を真面目に信じれば、この船団を守るため、サイパン島近海で撃沈された数隻の特設監視艇のうちの1隻になります。特設監視艇といえば名前はカッコイイですが、何のことはない、30トン足らずの漁船です。 ロマ…

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