千化万変

宇宙の話。 「宇宙戦艦ヤマト」で宇宙戦艦ヤマトは地球からイスカンダルまで長大な旅をして往復した。 しかし実はあれはかなり難しいミッションである。 何故なら・・・ 地球は自転している。 地球は公転している(太陽周囲)。 太陽系も回転しながら移動している(銀河系外縁方向)。 銀河系も回転しながら移動している(アンドロメダ星雲方向)。 もちろん、惑星イスカンダルも同じ条件で動いている。…

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銀河系

宇宙人はいるかいないかという話。 私は「いる」と思っている。確実に。 ただ、「宇宙戦艦ヤマト」みたいにどちらかがどちらかを侵略したり、「スタートレック」に出てくる惑星連邦のように百を超える知的生命体の連合体になることはないかも知れないと思っている。 理由はその広大な空間と長大な時間である。 人類が文明と呼べるような文明を持ってから5000年、仮にもし人類がもう5000年生き延びられたとし…

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古の音

私はよく、古の音に思いを馳せることがあります。 と言っても音楽とかではなく、日常生活で発生する普通の音、雑音の類です。 現代の社会生活からあらゆる機械音を差し引いたら江戸時代と同じ生活音になるかと言えば否です。多分全く違います。現代の私たちが使用している日常生活品、特に日本で流通している大半の製品は極めて高い耐久性と精度があります。 その上壊れるまで使う人は最近ではめっきり減って、流行…

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極める

最近、稽古に於いて想うところがある。 段階を踏んで稽古をせねばならないのは言うまでもないが、その人の資質を大成させる要素はこれではないかと思うものだ。 それは 「いち早く死ぬまでに到達すべき境地を理解し、明確にし、それに到達するための手段や理論を発見して取り掛かれるかどうか」である。 恐らくこれは段階を踏んでいく短期目標と較べると長期目標に該当するかも知れない。 これは老成してから…

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流水の如く

武芸と格闘技の優劣を論じるのは全く以て意味が無い。 それは例えば車の世界でF-1と乗用車、どちらが「いい車」かを論じているようなものであるからだ。 ちなみに流派の優劣も意味が無い。ホンダが良いかトヨタが良いかなど、人それぞれだからだ。 格闘技には「引退」がある。 武芸には「引退」はない。 逆に言えば「引退」の定義があればそれは「格闘技」でなければ「武芸」だと私は定義している。あくま…

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碧呟聲 -庵-

私の武号は不動庵 碧洲齋(ふどうあん へきしゅうさい)です。 時折武友から道場名を頼まれたりすると「庵」を付ける事も多い。 庵とは質素な小屋を指します。私の場合は不動明王がいる庵という意味です。 不動明王は私の生まれ本尊で、初めて禅の手ほどきを受けた寺の本尊でもあります。 基本、私は武門の末席を僅かに汚している一武芸者に過ぎません。 大きな道場も必要ないので庵を号してます。 武道…

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碧呟聲 -不立文字 教外別伝-

特に芸事に限った話しではありませんが、何か技術を伴ったことを継承する過程に於いて、私はなるべく「不立文字 教外別伝」を心掛けています。この「不立文字 教外別伝」とは禅仏教の言葉です。 文字通りのことですが、一応説明をすればこうなります。 不立文字 文字に頼らず、言葉から離れてひたすら修行することで悟りを直接体験するという意味。悟りの境地は文字や言葉では伝えれないものです。 教外別…

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あまたの中のたった一つ

私は今から34年前に16歳で当流に入門しました。 まあよく今まで続いているなと我ながら感心しきりですが、当然のことながら入門しては続かずに止めていく方も多くいたものです。実際、入門して残るのはごくごく僅かです。良き師、良き同門たちに恵まれないと継続するのは難しいでしょう。これは自分に合った流派を選ぶよりも難しい。もちろん他にも家庭環境や自分の労働環境、収入など、色々な要素があります。 私の体…

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碧呟聲 - 武運長久 -

私はよく、親しくなった海外同門、特に新たに昇段したり道場を開くという場合などは神社での祈祷を勧めている。私がお世話になっている神社は埼玉県川口市安行にある、峯ヶ岡八幡神社。関東平野の南部中央にあって、数少ない丘陵地帯の上に立っている。 近所には縄文時代の貝塚が発見されており、その当時の東京湾はまさに安行の丘陵地帯までが湾になっていた。恐らく縄文時代人は 峯ヶ岡八幡神社の辺りを漁の安全と豊漁…

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碧呟聲 - 山籠もり -

初めて山籠もりをしたのは入門して半年、思いがけず初段を頂いたときだと記憶している。 奥秩父で秩父鉄道の終点、三峰口駅から更にバスで西に向い、ダムまで。そこから古い吊り橋を渡って湖を渡り登山道もない山だったか。 初めての時はある意味肝試しだった。宿泊したのは2泊だったか、壊れかけた林業で使っていたと思われる小屋に泊まった。 枕元にはリスなどの小動物が来ていた。よく眠れなかったが、翌朝は最低限…

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碧呟聲 ー武術と美学ー

そもそも武道を志している者の中にはかなりの割合で所謂「中二病」患者がいる(笑) あるいは武道を志している者は程度に差こそあれ少なからず「中二病」患者と言えるかもしれない。 そうではないという方は老若男女、国内外を問わずあまりお目に掛ったことがない。 強いて言うと武芸をする女性の方がリアリストで中二病ではない気がする(笑) その中二病の中でも、なかなか品位があってある程度論理的、かつ敬…

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碧呟聲 -ゆき-

本日は関東南部で今冬初めて雪が降った。 あいにく積もるほどではなく、僅かな間に雪が降っている風景を愉しんだという程度。 それでも都心部では滅多に見られない雪景色だけに心躍るものこれあり。 雪の語源はご存じだろうか。 諸説あるが、有力なのは「神聖であること」「いみ清めること」を意味する「斎(ゆ)」に、「潔白(きよき)」の「き」。もしくは「潔斎(けっさい)」を意味する「潔斎(ゆきよし)」…

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碧呟聲 -胴着-

古流では凡そかなり暑い夏場でもキッチリ制式の胴着を着込んで、汗だくになって稽古をされているのを見ると本当にご苦労様ですと思うのだが、当流ではその辺りはかなり自由である。 伝統的な古流の方々からは「何と不届きな!」と一喝されそうではあるが(笑) もちろん道場や先生によっては真夏でも胴着というところもあるし、私の場合は指南するときは夏でも胴着である。自身の稽古で師匠の道場で稽古するときは多少…

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碧呟聲 -手裏剣-

忍者というと手裏剣と言うぐらい、忍者の武器というイメージが強い手裏剣だが、実際は武芸の裏芸としてたいていの流派でも伝承されていた。とはいえ例えば江戸時代などは普通に働いていた侍たちが必要とも思えず、打てる(手裏剣は「打つ」と言う)人は少なくなっていった。それは想像に難くない。ただ身体機能的に見れば現代人よりも江戸時代人の方が打てた人は圧倒的に多かったであろう。明治時代の頃の話しだが、大東流の始祖…

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碧呟聲 -良師逢見-

3年習うより3年良師を尋ねるべし 前にも同じタイトルで書いたのだが、本件は求道者にとっては至高の命題と想う故、再度取り上げる。 昨今、師と言っても色々な側面があるが、どれに関しても言えるのは「技術を教える以上の人」でなくてはならない、ということは間違いない。技術だけを教える人は所謂「インストラクター」である。そのちょっと上が「メンター」だろうか、その上に「マスター」がいるように思う。 …

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私の禅歴

私が初めて禅の手ほどきを受けたのは2002年のGW頃だったか。 群馬県の限界集落の山奥にある、黄檗宗の寺に行ったのが最初だった。 何故そこかというと、前の週にNHK小さな旅でそこが紹介されていたからだった。 それまでは葬式や法要以外で僧侶と話したことはなかったが、その時初めて禅僧と話し、禅の手ほどきを受けた。 以後足繁く坐禅や稽古のために訪れた。 本格的に禅哲学に傾倒したのは200…

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碧呟聲 -武と禅-

武芸と禅と言うと、結構な繋がりがあるようにイメージされる方が多いと思うが、実際のところ個人的にはそれ程関係があるとは思っていない。 同門の中にはただ坐っていることに意義を感じず、そんな無意味なことをするなら稽古をしていた方が有意義という人もいる。 実際問題として、禅はあくまで方法論のひとつ、考え方のひとつなので、無意味だと思ったら無意味、意義ありと思えば意義あり、その程度だと思っている。 …

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碧呟聲 -兵法書-

兵法というと日本では武芸における個々の戦いの仕方に内容を占める事が多いが、中国ではほぼ戦術・戦略・調略・主君操作術などを指す。 「孫子」「呉子」「尉繚子」「三略」「六韜」「司馬法」「李衛公問対」の七書は「兵法七書」として名高く、日本の武士も愛読していた。 特に「孫子」と「呉子」については「孫呉の兵法」と言われ双璧を成すが、思想的にも好対照になっている。 「孫子」は主に道家的な指向性で「…

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碧呟聲 -強さの定義-

これは武芸者を悩ませる要素ではなかろうか。 武芸においては相手を倒す、完璧に我が身を守れる。 ひいては家族や関わる人を守れるかどうかではあるが、現代、特に飛躍的に安全性が高い日本においては映画やドラマのように悪人相手に対決などというシーンは一生に一度あるかないか。しかもあったとしてもほんのちょっとでも過度に痛めつけようものなら所属する流派や団体に大いに迷惑をかけてしまう。 武芸者の多くは中…

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碧呟聲 天地を味方に

今朝の東京近郊はある意味初めて冬らしい気温になった。もっともまだ氷は張ってないので言うほど寒くはないのだろう。仕事始めという事もあって気分が晴れているわけでもなし(笑) 夏と冬の稽古においてなかなか的を射ていると思う言葉がある。 「夏は気を練り冬は体を練る」 伝統芸能もしくは古武道の警句のはずだがネットで調べても出てこない。断りを入れておくが私の言葉ではない。 夏は言うまでもなく…

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碧呟聲 勝つと克つ

昔から戦時では「勝てば官軍負ければ賊軍」と言われる。賊軍ならまだマシな方で、全滅させられることもしばしば。かと思えば危うく全滅を免れた賊軍が何十年か後にリベンジを果たして逆襲に成功した話などは「臥薪嘗胆」にもある通り大変厳しい。 私如き未熟者がエラそうなことを言うまでもなく、「勝つと克つ」については多くの先達たちが色々書き残しているため今更言うことでもないと思うが、ふとした思い付きを呟くの…

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碧呟聲:武術事始め

原始時代から男という生き物は「強さ」に憧れてきた。そしてそれを競ってきた。それは生物学的雄として原始本能に基づく衝動でもある。 時代が下り、もしかした1万年とか5000年とか、そのくらいに人の意識が変わっていた。今までは生まれついて、或いは環境のお陰で力の強い者、早さのある者だけが優位に立っていたのだが、ほんのちょっと楽をして、あるいはショートカットをして強くなりたいと切実に願った怠け者が…

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