まだまだ先かな

一昨年末、武門において色々と大きな動き是在りで、久方ぶりに指南をしてみようと思い立ち、あれこれと準備をしていたのですが、昨年頭からコロナウイルスが世を賑わしてきて、ちょっと地域コミュニケーションのグループなどにお知らせをアップした頃にはコロナが蔓延してそれどころではなくなってしまいました。それからもう1年以上経ち、世はワクチン接種か感染拡大かと、まるで宇宙戦艦ヤマトの帰還か放射能汚染による絶滅か…

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天上天下唯我独尊

本日はお釈迦様の誕生日に当ります。 キリスト教では12月24日は盛大に盛り上がりますが、どうもこの4月8日が盛り上がらないことに一仏教徒として些か不満に思います(笑) 日本ではクリスマスがこれだけ隆盛しているのだから誕生会(たんじょうえ、と呼びます)も盛り上がってもいいような気がするのですが・・・まあ、キリスト教の場合、馬小屋で生まれて高名な学者が3人も駆けつけて、しかもお母さん、バージンだっ…

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武芸と禅

初めて禅というものに触れたのは2002年のGWの時でした。その前の週にNHK「小さな旅」で紹介されていた群馬県南牧村にある山奥の寺が大変素晴らしかったので、GWに早速行ってみました。かなりの山奥で本当にここで良いのかと思うほど細い道を進んでいくとその寺はありました。宗派は「黄檗宗」聞いたこともない宗派でしたが、禅宗の一つです。そこには住職もいました。私の父より一歳年下でしたが、僧侶と葬式以外で親…

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守破離で言えば離

源義家は平安後期、西暦で言えば1039年頃に現在の大阪辺りで生まれました。長じて東方方面の遠征を重ねて武勲を上げ、八幡太郎とか武神など、誉れ高い武人として知られています。この源義家が注目されている点は武芸を嗜んでいる人なら分かると思いますが、今まで貴族の犬として地方の荘園を守護していた武装集団、今で言うところのガードマンから現代で言うところの「武士」に変貌を遂げた時期でした。この源義家を以て武士…

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師との出逢いについて

前にも書きましたが、また書きます。 あなたには「師匠」がいますか? 私の持論ですが、「師匠」とは自ら何かしらの道を見出してそれに志さんと欲したとき、自然現れるものです。 そしてその師匠はあなたの志の高さに準じた人物以外は決して現れません。 強い決意と高い志を持った者には、それに見合った師と出逢います。 取り敢えず始めようと思う者には、やはりそれに見合った師と出逢います。 それ以外の師…

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百度参り

世はコロナウイルスで賑わっていますが、この第3波は前の二つを遥かに凌ぐ勢力のために医療インフラをかなり圧迫しているのみならず、日本社会にも暗い影を落としています。東日本大震災での死者は約2万人で、コロナウイルスは約4500人程度の死者ですが、社会に与えた打撃というのはコロナウイルスの方が優っているように思います。 とはいえ、例えばアメリカでは40万人もの死者を出していて、太平洋戦争時の死者…

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千化万変

宇宙の話。 「宇宙戦艦ヤマト」で宇宙戦艦ヤマトは地球からイスカンダルまで長大な旅をして往復した。 しかし実はあれはかなり難しいミッションである。 何故なら・・・ 地球は自転している。 地球は公転している(太陽周囲)。 太陽系も回転しながら移動している(銀河系外縁方向)。 銀河系も回転しながら移動している(アンドロメダ星雲方向)。 もちろん、惑星イスカンダルも同じ条件で動いている。…

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銀河系

宇宙人はいるかいないかという話。 私は「いる」と思っている。確実に。 ただ、「宇宙戦艦ヤマト」みたいにどちらかがどちらかを侵略したり、「スタートレック」に出てくる惑星連邦のように百を超える知的生命体の連合体になることはないかも知れないと思っている。 理由はその広大な空間と長大な時間である。 人類が文明と呼べるような文明を持ってから5000年、仮にもし人類がもう5000年生き延びられたとし…

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一芸は万芸に通ず

流行に乗り遅れまいと、先日アマゾンプライムビデオで「鬼滅の刃」を視聴しました。個人的にはまずまず面白かったと思った次第ですが、その中で1人のキャラに注目しました。 それは・・・我妻善逸くん(笑)・・・ 鬼殺隊の隊員は皆、複数の技を駆使して鬼を撃退するのですが、彼のみたった一つの技、「壱ノ型 霹靂一閃」しか使えません。それしか会得できなかったそうです。なので彼はいつも臆病で消極的で劣等感に…

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言霊

勤めている会社に1人の社員がいる。 比較的よく同じ場所で働くのだが、いつも 「あ~忙しい忙しい」 「なんでこんなにやることが多いんだ」 「ホントに休む間もない」 「全然手が回らないよ」 「毎日毎日ストレスがたまる」 などなど、ひっきりなしに口にしている。 実際会社にはそれ以上に忙しい人もいるが、中には泰然としている人もいる。 日本語は言葉に対して「言霊」とも言うぐらいだから…

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極める

最近、稽古に於いて想うところがある。 段階を踏んで稽古をせねばならないのは言うまでもないが、その人の資質を大成させる要素はこれではないかと思うものだ。 それは 「いち早く死ぬまでに到達すべき境地を理解し、明確にし、それに到達するための手段や理論を発見して取り掛かれるかどうか」である。 恐らくこれは段階を踏んでいく短期目標と較べると長期目標に該当するかも知れない。 これは老成してから…

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流水の如く

武芸と格闘技の優劣を論じるのは全く以て意味が無い。 それは例えば車の世界でF-1と乗用車、どちらが「いい車」かを論じているようなものであるからだ。 ちなみに流派の優劣も意味が無い。ホンダが良いかトヨタが良いかなど、人それぞれだからだ。 格闘技には「引退」がある。 武芸には「引退」はない。 逆に言えば「引退」の定義があればそれは「格闘技」でなければ「武芸」だと私は定義している。あくま…

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自らの脚で

人類史で言えば、ヒトはごくごく最近までは徒歩で移動していました。 機械が仕込まれた乗りものが使われるようになったのはここ150年ぐらい。 それ以前は馬や帆走船でしたが、それとて利用していた人は全体のごく僅か。 現代のように誰でも使えるような公共交通機関や自動車のようなものではありませんでした。 私も会社まで徒歩30分程度なので車を手放してから1年ぐらいは用事がない限りは徒歩、その後数年は…

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臥龍待雲

先月から道場の稽古に復帰しました。 半年近く道場に行かなかった計算になります。 20代の頃が実はそのような感じでした。 20代前半は3年半ほど米国に留学、今思えば近所にあったかも知れない当流の道場に行けば良かったのですが、まだまだIT時代を迎えておらず、近くにあったかどうか知るよしもありませんでした。 20代後半はオーストラリアに1年半、名古屋と大阪に1年ずつ、福岡に半年ほど赴任していた…

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徒然と

今年に入ってからふとまた、指南をしようかと思いきや、コロナウイルスによって見事に中止に追い込まれてしまった。 のみならず今年は珍しく海外に3回ほど出掛ける予定だったが、それもまた中止になるなど、飛躍する年をことごとく打ち砕かれてしまった感あり。 ま、こんな災禍は一生に何度もないのでこれはこれで希少な体験というべきか。以前、10年以上前にも都内で指南していたことがあったが、なかなか場所が取れず…

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碧呟聲 -庵-

私の武号は不動庵 碧洲齋(ふどうあん へきしゅうさい)です。 時折武友から道場名を頼まれたりすると「庵」を付ける事も多い。 庵とは質素な小屋を指します。私の場合は不動明王がいる庵という意味です。 不動明王は私の生まれ本尊で、初めて禅の手ほどきを受けた寺の本尊でもあります。 基本、私は武門の末席を僅かに汚している一武芸者に過ぎません。 大きな道場も必要ないので庵を号してます。 武道…

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碧呟聲 -不立文字 教外別伝-

特に芸事に限った話しではありませんが、何か技術を伴ったことを継承する過程に於いて、私はなるべく「不立文字 教外別伝」を心掛けています。この「不立文字 教外別伝」とは禅仏教の言葉です。 文字通りのことですが、一応説明をすればこうなります。 不立文字 文字に頼らず、言葉から離れてひたすら修行することで悟りを直接体験するという意味。悟りの境地は文字や言葉では伝えれないものです。 教外別…

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王道

原典は儒教である。 徳の高い君子が歩むべき道を指していると言われている。 面白いことに辞書には「安易な方法」「近道」も併記されている。こちらの原典は英語の「royal road」から来たらしい。あるときエジプト王の問いに対して数学者が答えた「Ther is no royal road to learning」(学問には王道なし)という言葉が由来だそうな。 これは私には意外だった。 …

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あまたの中のたった一つ

私は今から34年前に16歳で当流に入門しました。 まあよく今まで続いているなと我ながら感心しきりですが、当然のことながら入門しては続かずに止めていく方も多くいたものです。実際、入門して残るのはごくごく僅かです。良き師、良き同門たちに恵まれないと継続するのは難しいでしょう。これは自分に合った流派を選ぶよりも難しい。もちろん他にも家庭環境や自分の労働環境、収入など、色々な要素があります。 私の体…

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碧呟聲 - 武運長久 -

私はよく、親しくなった海外同門、特に新たに昇段したり道場を開くという場合などは神社での祈祷を勧めている。私がお世話になっている神社は埼玉県川口市安行にある、峯ヶ岡八幡神社。関東平野の南部中央にあって、数少ない丘陵地帯の上に立っている。 近所には縄文時代の貝塚が発見されており、その当時の東京湾はまさに安行の丘陵地帯までが湾になっていた。恐らく縄文時代人は 峯ヶ岡八幡神社の辺りを漁の安全と豊漁…

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碧呟聲 - 山籠もり -

初めて山籠もりをしたのは入門して半年、思いがけず初段を頂いたときだと記憶している。 奥秩父で秩父鉄道の終点、三峰口駅から更にバスで西に向い、ダムまで。そこから古い吊り橋を渡って湖を渡り登山道もない山だったか。 初めての時はある意味肝試しだった。宿泊したのは2泊だったか、壊れかけた林業で使っていたと思われる小屋に泊まった。 枕元にはリスなどの小動物が来ていた。よく眠れなかったが、翌朝は最低限…

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碧呟聲 ー武術と美学ー

そもそも武道を志している者の中にはかなりの割合で所謂「中二病」患者がいる(笑) あるいは武道を志している者は程度に差こそあれ少なからず「中二病」患者と言えるかもしれない。 そうではないという方は老若男女、国内外を問わずあまりお目に掛ったことがない。 強いて言うと武芸をする女性の方がリアリストで中二病ではない気がする(笑) その中二病の中でも、なかなか品位があってある程度論理的、かつ敬…

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碧呟聲 -ゆき-

本日は関東南部で今冬初めて雪が降った。 あいにく積もるほどではなく、僅かな間に雪が降っている風景を愉しんだという程度。 それでも都心部では滅多に見られない雪景色だけに心躍るものこれあり。 雪の語源はご存じだろうか。 諸説あるが、有力なのは「神聖であること」「いみ清めること」を意味する「斎(ゆ)」に、「潔白(きよき)」の「き」。もしくは「潔斎(けっさい)」を意味する「潔斎(ゆきよし)」…

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碧呟聲 -胴着-

古流では凡そかなり暑い夏場でもキッチリ制式の胴着を着込んで、汗だくになって稽古をされているのを見ると本当にご苦労様ですと思うのだが、当流ではその辺りはかなり自由である。 伝統的な古流の方々からは「何と不届きな!」と一喝されそうではあるが(笑) もちろん道場や先生によっては真夏でも胴着というところもあるし、私の場合は指南するときは夏でも胴着である。自身の稽古で師匠の道場で稽古するときは多少…

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碧呟聲 -手裏剣-

忍者というと手裏剣と言うぐらい、忍者の武器というイメージが強い手裏剣だが、実際は武芸の裏芸としてたいていの流派でも伝承されていた。とはいえ例えば江戸時代などは普通に働いていた侍たちが必要とも思えず、打てる(手裏剣は「打つ」と言う)人は少なくなっていった。それは想像に難くない。ただ身体機能的に見れば現代人よりも江戸時代人の方が打てた人は圧倒的に多かったであろう。明治時代の頃の話しだが、大東流の始祖…

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碧呟聲 -良師逢見-

3年習うより3年良師を尋ねるべし 前にも同じタイトルで書いたのだが、本件は求道者にとっては至高の命題と想う故、再度取り上げる。 昨今、師と言っても色々な側面があるが、どれに関しても言えるのは「技術を教える以上の人」でなくてはならない、ということは間違いない。技術だけを教える人は所謂「インストラクター」である。そのちょっと上が「メンター」だろうか、その上に「マスター」がいるように思う。 …

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碧呟聲 -武と禅-

武芸と禅と言うと、結構な繋がりがあるようにイメージされる方が多いと思うが、実際のところ個人的にはそれ程関係があるとは思っていない。 同門の中にはただ坐っていることに意義を感じず、そんな無意味なことをするなら稽古をしていた方が有意義という人もいる。 実際問題として、禅はあくまで方法論のひとつ、考え方のひとつなので、無意味だと思ったら無意味、意義ありと思えば意義あり、その程度だと思っている。 …

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碧呟聲 -兵法書-

兵法というと日本では武芸における個々の戦いの仕方に内容を占める事が多いが、中国ではほぼ戦術・戦略・調略・主君操作術などを指す。 「孫子」「呉子」「尉繚子」「三略」「六韜」「司馬法」「李衛公問対」の七書は「兵法七書」として名高く、日本の武士も愛読していた。 特に「孫子」と「呉子」については「孫呉の兵法」と言われ双璧を成すが、思想的にも好対照になっている。 「孫子」は主に道家的な指向性で「…

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碧呟聲 -強さの定義-

これは武芸者を悩ませる要素ではなかろうか。 武芸においては相手を倒す、完璧に我が身を守れる。 ひいては家族や関わる人を守れるかどうかではあるが、現代、特に飛躍的に安全性が高い日本においては映画やドラマのように悪人相手に対決などというシーンは一生に一度あるかないか。しかもあったとしてもほんのちょっとでも過度に痛めつけようものなら所属する流派や団体に大いに迷惑をかけてしまう。 武芸者の多くは中…

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碧呟聲 天地を味方に

今朝の東京近郊はある意味初めて冬らしい気温になった。もっともまだ氷は張ってないので言うほど寒くはないのだろう。仕事始めという事もあって気分が晴れているわけでもなし(笑) 夏と冬の稽古においてなかなか的を射ていると思う言葉がある。 「夏は気を練り冬は体を練る」 伝統芸能もしくは古武道の警句のはずだがネットで調べても出てこない。断りを入れておくが私の言葉ではない。 夏は言うまでもなく…

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