百度参り

世はコロナウイルスで賑わっていますが、この第3波は前の二つを遥かに凌ぐ勢力のために医療インフラをかなり圧迫しているのみならず、日本社会にも暗い影を落としています。東日本大震災での死者は約2万人で、コロナウイルスは約4500人程度の死者ですが、社会に与えた打撃というのはコロナウイルスの方が優っているように思います。 とはいえ、例えばアメリカでは40万人もの死者を出していて、太平洋戦争時の死者…

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日々是好日

この言葉はよく茶室や禅で使われる言葉ですが、今年は良くこの言葉を国内外の友人に送った気がします。字面を見ると「毎日毎日、いい日だなぁ」みたいな語感がありますが、そうであり、同時にそうではありません。臨済宗中興の祖、白隠禅師は駿河湾にある寺で住職をしておりましたが、富士山が噴火した後の大飢饉に際してこんな事を言っています。ちょっと原典が見つからないので大体こんな事だという事でご勘弁ください。 …

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千化万変

宇宙の話。 「宇宙戦艦ヤマト」で宇宙戦艦ヤマトは地球からイスカンダルまで長大な旅をして往復した。 しかし実はあれはかなり難しいミッションである。 何故なら・・・ 地球は自転している。 地球は公転している(太陽周囲)。 太陽系も回転しながら移動している(銀河系外縁方向)。 銀河系も回転しながら移動している(アンドロメダ星雲方向)。 もちろん、惑星イスカンダルも同じ条件で動いている。…

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銀河系

宇宙人はいるかいないかという話。 私は「いる」と思っている。確実に。 ただ、「宇宙戦艦ヤマト」みたいにどちらかがどちらかを侵略したり、「スタートレック」に出てくる惑星連邦のように百を超える知的生命体の連合体になることはないかも知れないと思っている。 理由はその広大な空間と長大な時間である。 人類が文明と呼べるような文明を持ってから5000年、仮にもし人類がもう5000年生き延びられたとし…

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臘八座禅会最終夜

本日は臘八座禅会の最終日でした。 今年は久々に長く坐ってみたくなり、たまにやる7日間で48炷、24時間坐るというのを目標と致しました。 久々にやってみるとこれがなかなかキツい。4日までは全部結跏趺坐でやってきましたが、5日目からはとうとう自宅で坐るときは半結跏趺坐にしました。我ながら情けない。 で6日目までで22時間坐り切り、本日は座禅会前の随坐1時間と臘八座禅会1時間の計2時間で晴れて2…

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臘八大接心

禅宗では12月1日から8日明け方まで、僧堂で最も苦しいとされる「臘八大接心」という修行期間があります。その間、修行僧は睡眠時間1.2時間ぐらい(昔はホントに寝なかったらしい)で、それ以外は坐禅と参禅(師匠に公案の見解を述べる)だけをします。私が師事している両老師からよく話を聞きますのでその大変さはよく理解しているつもりです。 伝説によるとお釈迦様は苦行をした後、それではだめだと思い、一旦体…

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鬼はいずこに

今年は「鬼滅の刃」が日本国内のみならず、アジアを中心に遠く西洋にまで影響を及ぼしているようで、驚いています。 一風変わった鬼退治の話ですが、成敗される鬼にもそれぞれ深い事情があって、同情すべき点も多く、実際主人公の竈門炭治郎くんは本当にこの鬼たちに慈悲を持っています。 昔から日本人が作るアニメには敵側にも一分の理があったりして、その辺が単純明快な欧米のアニメとは決定的に違うように思います。単…

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一芸は万芸に通ず

流行に乗り遅れまいと、先日アマゾンプライムビデオで「鬼滅の刃」を視聴しました。個人的にはまずまず面白かったと思った次第ですが、その中で1人のキャラに注目しました。 それは・・・我妻善逸くん(笑)・・・ 鬼殺隊の隊員は皆、複数の技を駆使して鬼を撃退するのですが、彼のみたった一つの技、「壱ノ型 霹靂一閃」しか使えません。それしか会得できなかったそうです。なので彼はいつも臆病で消極的で劣等感に…

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古の音

私はよく、古の音に思いを馳せることがあります。 と言っても音楽とかではなく、日常生活で発生する普通の音、雑音の類です。 現代の社会生活からあらゆる機械音を差し引いたら江戸時代と同じ生活音になるかと言えば否です。多分全く違います。現代の私たちが使用している日常生活品、特に日本で流通している大半の製品は極めて高い耐久性と精度があります。 その上壊れるまで使う人は最近ではめっきり減って、流行…

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言霊

勤めている会社に1人の社員がいる。 比較的よく同じ場所で働くのだが、いつも 「あ~忙しい忙しい」 「なんでこんなにやることが多いんだ」 「ホントに休む間もない」 「全然手が回らないよ」 「毎日毎日ストレスがたまる」 などなど、ひっきりなしに口にしている。 実際会社にはそれ以上に忙しい人もいるが、中には泰然としている人もいる。 日本語は言葉に対して「言霊」とも言うぐらいだから…

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極める

最近、稽古に於いて想うところがある。 段階を踏んで稽古をせねばならないのは言うまでもないが、その人の資質を大成させる要素はこれではないかと思うものだ。 それは 「いち早く死ぬまでに到達すべき境地を理解し、明確にし、それに到達するための手段や理論を発見して取り掛かれるかどうか」である。 恐らくこれは段階を踏んでいく短期目標と較べると長期目標に該当するかも知れない。 これは老成してから…

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流水の如く

武芸と格闘技の優劣を論じるのは全く以て意味が無い。 それは例えば車の世界でF-1と乗用車、どちらが「いい車」かを論じているようなものであるからだ。 ちなみに流派の優劣も意味が無い。ホンダが良いかトヨタが良いかなど、人それぞれだからだ。 格闘技には「引退」がある。 武芸には「引退」はない。 逆に言えば「引退」の定義があればそれは「格闘技」でなければ「武芸」だと私は定義している。あくま…

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異文化に触れる

「リエントリーショック」という言葉があります。日本から海外に行き、異国の文化にショックを受けるのが「カルチャーショック」、でしばらく海外に滞在して帰国したときに日本の文化を再認識したときに起こるのが「リエントリーショック」なのだそうです。恥ずかしながら最近知った言葉です。 インターネットが普及する前では伝聞や紙の媒体による情報、あるいはテレビやラジオ、映画という一方向的な媒体でしか、海外の…

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そしてネコがいなくなった

我が家には6歳になる三毛ネコがいます。 父ネコと母ネコも餌付けをしていたことがあり顔なじみでした。 で、生まれた時に縁があって見る機会があり、あまりに可愛い三毛猫だったのでお願いして家族に迎え入れました。(本当に両親の前でお願いして承諾の合図を頂きました) 以後6年、若い頃は良く家を飛び出したりしたものですが、本来家猫の上に臆病なのでせいぜい敷地内か隣の家と畑ぐらいしか散歩しなくなりました…

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自らの脚で

人類史で言えば、ヒトはごくごく最近までは徒歩で移動していました。 機械が仕込まれた乗りものが使われるようになったのはここ150年ぐらい。 それ以前は馬や帆走船でしたが、それとて利用していた人は全体のごく僅か。 現代のように誰でも使えるような公共交通機関や自動車のようなものではありませんでした。 私も会社まで徒歩30分程度なので車を手放してから1年ぐらいは用事がない限りは徒歩、その後数年は…

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臥龍待雲

先月から道場の稽古に復帰しました。 半年近く道場に行かなかった計算になります。 20代の頃が実はそのような感じでした。 20代前半は3年半ほど米国に留学、今思えば近所にあったかも知れない当流の道場に行けば良かったのですが、まだまだIT時代を迎えておらず、近くにあったかどうか知るよしもありませんでした。 20代後半はオーストラリアに1年半、名古屋と大阪に1年ずつ、福岡に半年ほど赴任していた…

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徒然と

今年に入ってからふとまた、指南をしようかと思いきや、コロナウイルスによって見事に中止に追い込まれてしまった。 のみならず今年は珍しく海外に3回ほど出掛ける予定だったが、それもまた中止になるなど、飛躍する年をことごとく打ち砕かれてしまった感あり。 ま、こんな災禍は一生に何度もないのでこれはこれで希少な体験というべきか。以前、10年以上前にも都内で指南していたことがあったが、なかなか場所が取れず…

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バルトの楽園

先ほど松平健主演の「バルトの楽園」を観た。評判に違わず大変素晴らしい作品だった。何にも増して素晴らしいのはこれは実話だったという事。日本は第1次世界大戦では連合国であったが、欧州諸国に較べるとそれ程動員したわけでもなく。実際は数万の陸軍を中国のドイツ租借地に送り込んで攻撃を加えたことと約20隻の海軍艦艇を地中海に派遣したというものだった。だからドイツ人にはそれ程憎しみがあったわけではなく、それも…

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耐え忍ぶ

新約聖書には数カ所、「忍耐」という単語が出てくる句がありますが、私はこの2句が気に入っています。 私は英語版も読みましたが、この2つについてはどちらも「standing firm」という語が使われています。我慢と言うより毅然とするのような意味合いでしょうか。 「しかし、最後まで堪え忍ぶ者は救われる。」 マタイの福音書24-13 「あなたがたは耐え忍ぶことによって、自分の魂を勝ち取…

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恥の文化

恥の概念は日本人だけと言われているが、実際に米国と豪州に住んでみてそんなことはないと思ったものだ。一般的通念として恥というのはどの国にもある。ただ日本の恥とそれ以外とでは何が違うのか、思いついたことを徒然と。 まずタイムスケール。先祖とか子孫にまで及ぶ。私の甲冑仲間には未だ東軍VS西軍の観念を真面目に維持しているのはご愛敬としても、今道徳的社会的な恥をかいたら、その不名誉は3代にも及ぶ、と…

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東京大空襲75周年目

今から75年前の今日、東京にて米軍による大空襲が行われて10万人以上の一般市民が殺害されました。東京大空襲のみならず連合軍は欧州に於いても大規模な絨毯爆撃を行っており、軍人による一般市民の殺害という点では実はかなりの数になります。ナチスドイツと手を組みはしたが日本は間違ってなかった、とか、米国の正義が正しいとか、そういうことにはそれ程興味がありません。 戦争が戦争たる所以は互いの正義がぶつかり…

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通勤時間と有給休暇

今の会社の雇用条件の悪さに時折FBで愚痴を言ってますが、しばらくは辞める気もなく。 理由は簡単で二つ。一つは「通勤時間の短さ」、もう一つは「有給休暇の取りやすさ」。 12年前に今の会社に転職する際は色々考えました。海外の同門たちにも意見を求めましたが、長く武芸を続けていくのであれば時間にゆとりが持てない仕事には就くべきではないと言うことでした。 今の会社と都内の会社2社で内定してましたが、…

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最近の日本社会について

最近、ふと思うことがあります。 日本と特に欧米圏での労働者の質についてです。 実際に海外の友人知人らと長年交流を持った経験と、米国留学と豪州赴任から得た体感としてですが。 ステレオタイプになってしまいますが日本人労働者は概して勤勉で誠実、真面目です。非正規労働者に到っても職務に対しては責任感が強く誠実であることには海外と較べて驚くことしばしば。海外の多くは「賃金に比例して」労働する事が多く…

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碧呟聲 -庵-

私の武号は不動庵 碧洲齋(ふどうあん へきしゅうさい)です。 時折武友から道場名を頼まれたりすると「庵」を付ける事も多い。 庵とは質素な小屋を指します。私の場合は不動明王がいる庵という意味です。 不動明王は私の生まれ本尊で、初めて禅の手ほどきを受けた寺の本尊でもあります。 基本、私は武門の末席を僅かに汚している一武芸者に過ぎません。 大きな道場も必要ないので庵を号してます。 武道…

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父の命日

今日は父の13回目の命日です。 もう13年も経つのかと思います。21年前に他界した母の方とはよく会話をしたのですが、それ程思い出しません。それほど会話をしたわけではない父の方がよく思い出されます。急逝したからかも知れませんし、少ない会話だったから逆に印象深かったのかも知れません。母が他界して父と二人で生活したのは1年程度で、私は結婚してから家を出て、息子が生まれる少し前にまた戻ってきました。 …

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碧呟聲 -不立文字 教外別伝-

特に芸事に限った話しではありませんが、何か技術を伴ったことを継承する過程に於いて、私はなるべく「不立文字 教外別伝」を心掛けています。この「不立文字 教外別伝」とは禅仏教の言葉です。 文字通りのことですが、一応説明をすればこうなります。 不立文字 文字に頼らず、言葉から離れてひたすら修行することで悟りを直接体験するという意味。悟りの境地は文字や言葉では伝えれないものです。 教外別…

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天地人

中国の思想によく出てくる句にこのようなものがあります。 「天の時は地の利に然り、地の利は人の和に然り」 天の時というのは所謂好機、タイミングとかチャンスとか、そういう意味と理解します。 地の利というのは、それを得るための条件や準備と理解します。 人の和というのは、その条件や準備を整えるための扶助と理解します。 例に挙げて言うと、チャンスというのは実は私たちが思っている以上にあちこち…

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自由

辞書で調べると; 1.自分を意のままに振る舞うことができること。またはそのさま。 2.勝手気ままなこと。わがまま。 3.哲学で消極的には他からの強制・拘束・妨害などを受けないことをいい、積極的には自主的、主体的に自己自身の本性に従うことをいう。 4.法律の範囲内で許容される随意の行為。 とある。 上記の内、1.2は本来の意味で3.4は制限がある以上、自由ではないと思う。 自由の…

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王道

原典は儒教である。 徳の高い君子が歩むべき道を指していると言われている。 面白いことに辞書には「安易な方法」「近道」も併記されている。こちらの原典は英語の「royal road」から来たらしい。あるときエジプト王の問いに対して数学者が答えた「Ther is no royal road to learning」(学問には王道なし)という言葉が由来だそうな。 これは私には意外だった。 …

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二兎を追う者は一兎をも得ず

実はここ2.3年、ロシア語の勉強で全く以てこれにハマっています。 ロシア語検定向けの勉強をするのか。 ロシア語が実際に話せる勉強をするのか。 今後資源の乏しい老後を考えると、レアな資格取得は有意義だと思ってはいたのですが、一方現実問題としてロシアに毎年行った時はいつも惜しい思いをしているので実際に使いたいという気持ちも強く、中途半端な気分でしばらく勉強を放置していました(笑) 実際に仕事…

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あまたの中のたった一つ

私は今から34年前に16歳で当流に入門しました。 まあよく今まで続いているなと我ながら感心しきりですが、当然のことながら入門しては続かずに止めていく方も多くいたものです。実際、入門して残るのはごくごく僅かです。良き師、良き同門たちに恵まれないと継続するのは難しいでしょう。これは自分に合った流派を選ぶよりも難しい。もちろん他にも家庭環境や自分の労働環境、収入など、色々な要素があります。 私の体…

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アメリカインディアンの教え

私はアリゾナでナヴァホとそれ以外の場所で幾つかのネイティブ・アメリカンズと会ったことがあります。 アリゾナでは荒野の中の集落にあったレストランに行きました。 他に態度のデカい白人の客がいましたが、後から来た私の方が先に料理を受け取りました(笑) たまたまだったかも知れませんが。 戦時中、帝国海軍潜水艦から発艦した水上偵察機による史上初の米本土爆撃や複数箇所の西海岸への艦砲射撃を行ったときは…

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IT時代が半分

今私は丁度天命、50歳です。26歳になる直前にWindows95が発売されてインターネットが爆発的に普及し始めました。つまり人生の半分はすでにIT時代になっているという事に最近気付きました。 息子は2003年生まれ、21世紀人で平成生まれです。物心着いた頃にはすでにパソコンはもとよりブロードバンドもあり、多分私たちの世代とは違った感覚なのだろうと想像します。 私は97年頃。当時勤めていた…

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碧呟聲 - 武運長久 -

私はよく、親しくなった海外同門、特に新たに昇段したり道場を開くという場合などは神社での祈祷を勧めている。私がお世話になっている神社は埼玉県川口市安行にある、峯ヶ岡八幡神社。関東平野の南部中央にあって、数少ない丘陵地帯の上に立っている。 近所には縄文時代の貝塚が発見されており、その当時の東京湾はまさに安行の丘陵地帯までが湾になっていた。恐らく縄文時代人は 峯ヶ岡八幡神社の辺りを漁の安全と豊漁…

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碧呟聲 - 山籠もり -

初めて山籠もりをしたのは入門して半年、思いがけず初段を頂いたときだと記憶している。 奥秩父で秩父鉄道の終点、三峰口駅から更にバスで西に向い、ダムまで。そこから古い吊り橋を渡って湖を渡り登山道もない山だったか。 初めての時はある意味肝試しだった。宿泊したのは2泊だったか、壊れかけた林業で使っていたと思われる小屋に泊まった。 枕元にはリスなどの小動物が来ていた。よく眠れなかったが、翌朝は最低限…

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碧呟聲 ー武術と美学ー

そもそも武道を志している者の中にはかなりの割合で所謂「中二病」患者がいる(笑) あるいは武道を志している者は程度に差こそあれ少なからず「中二病」患者と言えるかもしれない。 そうではないという方は老若男女、国内外を問わずあまりお目に掛ったことがない。 強いて言うと武芸をする女性の方がリアリストで中二病ではない気がする(笑) その中二病の中でも、なかなか品位があってある程度論理的、かつ敬…

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碧呟聲 -ゆき-

本日は関東南部で今冬初めて雪が降った。 あいにく積もるほどではなく、僅かな間に雪が降っている風景を愉しんだという程度。 それでも都心部では滅多に見られない雪景色だけに心躍るものこれあり。 雪の語源はご存じだろうか。 諸説あるが、有力なのは「神聖であること」「いみ清めること」を意味する「斎(ゆ)」に、「潔白(きよき)」の「き」。もしくは「潔斎(けっさい)」を意味する「潔斎(ゆきよし)」…

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碧呟聲 -受身-

忍者というと、手裏剣以外には機敏に動くイメージがあると思う。 実際にアクロバティックな事をしたのかどうかは分からないが、特筆する動きがあるとするならそれは多分「受身」。 一般的には「受身」は技を受けたときの対処の技術であるが、忍術も継承している当流では受身は「移動手段」であり「技」でもある。入門時からずっとこの概念なので、恐らくこれは普通の古流や武道とは一線を画するものではないかと思う。 …

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1995年

1995年は公私ともに色々なことがあり、大変良く覚えています。 まず1月、正月が明けて間もなく阪神淡路大震災が起こりました。この日本で数千人規模の犠牲者が出て、言葉を失いました。私は高校生ぐらいの時からサバイバルキットとか集めるのが好きで、キャンプなども良くしていたこともあって当時の日本では珍しいアイテムをたくさん持ってました。以後現在に至るまで緊急時の備えは常に抜かりなくしてます。 …

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碧呟聲 -胴着-

古流では凡そかなり暑い夏場でもキッチリ制式の胴着を着込んで、汗だくになって稽古をされているのを見ると本当にご苦労様ですと思うのだが、当流ではその辺りはかなり自由である。 伝統的な古流の方々からは「何と不届きな!」と一喝されそうではあるが(笑) もちろん道場や先生によっては真夏でも胴着というところもあるし、私の場合は指南するときは夏でも胴着である。自身の稽古で師匠の道場で稽古するときは多少…

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碧呟聲 -武芸と変化-

もう15年以上前になるだろうか、ある命題に直面した事があった。 『武技は常に時代と共に変化・発展していくものである。』 『流儀を極めた者が武技の変化を考えられる。我々如きがそんなことをしてはならない。』 その時はどちらも正しいように思ったものだった。 10年近く考えて色々な点を洗い出した。 武技に留まらず、森羅万象は万物流転すべきもの。この大地とて毎日回転し、太陽系も銀河系も回転し…

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碧呟聲 -手裏剣-

忍者というと手裏剣と言うぐらい、忍者の武器というイメージが強い手裏剣だが、実際は武芸の裏芸としてたいていの流派でも伝承されていた。とはいえ例えば江戸時代などは普通に働いていた侍たちが必要とも思えず、打てる(手裏剣は「打つ」と言う)人は少なくなっていった。それは想像に難くない。ただ身体機能的に見れば現代人よりも江戸時代人の方が打てた人は圧倒的に多かったであろう。明治時代の頃の話しだが、大東流の始祖…

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碧呟聲 -良師逢見-

3年習うより3年良師を尋ねるべし 前にも同じタイトルで書いたのだが、本件は求道者にとっては至高の命題と想う故、再度取り上げる。 昨今、師と言っても色々な側面があるが、どれに関しても言えるのは「技術を教える以上の人」でなくてはならない、ということは間違いない。技術だけを教える人は所謂「インストラクター」である。そのちょっと上が「メンター」だろうか、その上に「マスター」がいるように思う。 …

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