歴史修正主義に思うこと

ここ最近、政府は海外に一般的に流布されている、正しいとは到底言い難い歴史的事実を修正させようと活発に動いていますが、思うことがあります。

特にネット上で延々と先の大戦の大義を喧伝して、連合国の非を暴かんと熱望している自称憂国の有志たちを見ていると、彼らの知性の低さに思わず憂慮してしまいます。昔の方が知性が高かったのかどうか分かりませんが、品位で言うなら今は間違いなく低い。品位の高さは教養の高さに比例し、それはまた学歴の高さも比例していたためです。例えば欧州では元貴族なんていう血筋の方々はやっぱりそれなりに紳士が多い。少なくとも戦前ぐらいまでは日本人で英語ができた人はやはりそれなりに品位なり知性なりを十分に備えていた人が多かった。(しつこいようですが全部とは言わずとも、です)

何が言いたいのかと言うと、今時は比較的簡単に大学に入れるし、ネットのお陰で知性も品性も問われず世間に何でも言えるようになりました。これはこれでいいことではありますが、世論のレベルが低下することは必須ではないかと危惧します。幸いにも英語で果敢に西洋社会に挑む勇者はきわめて少ないようなので(苦笑)、炎上するなど大事になっていないのは幸いです。このレベルで英語で欧米に噛み付いたらまた、コテンパンにされてしかも戦後培ってきた日本に対する評価も落ちてしまいます。

そんなに愛国の情が燃えさかっているなら英語でも学んで論戦でもしてみればよいものを、結局内輪でギャーギャー騒いでいるというレベルのように思います。もちろん、中には見るべき意見もあるにはありますが。結局、日本人が騒いでいるのはその程度なのです。これは本気で情けないといつも思います。言っては何ですが、中国人や韓国人のネットユーザーの方がよほど英語で強気の発信しています。彼らはちゃんと外に向かって発信してます。間違ったことですけど。私も何度か論戦したことがありますが、大変不毛でした(苦笑)。そもそも噛み合わなかった。悪口を言ったらきりがないので止めておきます。ま英語でなくとも中国語でも韓国語でもいいですが、日本語で何を言っても世界にはほとんど全く影響を与えないと言うことはよくよく心に留めておくべきです。この簡単なリクツがあまりに全然分かっていない自称愛国者が多くて、時々頭が痛くなります。

私は折ある毎に日本の歴史や皇室、文化などを英文でFBで紹介していますし、実際に世界中からやって来る海外同門たちに日本文化を触れさせて、日本を理解させるべく尽力しているつもりではあります。反日国家のレベルの低い非難には大変腹が立ちますし、欧米の教科書にある日本に対する誤記も許しがたく思います。私自身、20代の半分近くは海外にいましたから、欧米人のものの考え方に直に知っています。もちろん今に至ってもネットでもリアルでも外国人に接してます。

世界の歴史観というのは思うに世界で一番強い国の思惑である程度定まってしまいます。
今で言えば米国になります。知っての通りかの国では未だ銃器の所有が認められており、3歳の子供が間違って他人を射殺してしまうなどと言うおぞましい事件があっても銃に拘ります。
元々、インディアンたちの土地をかなり悪辣に強奪し、自分たちのものにしましたが、直接間接殺した数は1000万人前後だという説もあります。因みに今は数十万人程度かと。
深層心理ではそれに対する罪を感じています。故に米国人がいともたやすくパニクったりヒステリーになったり暴動を起こしたり、足腰が据わってないのを感じたものです。(左記はあくまで私の感想ですが)
とはいえそれは既に過ぎたこと。声を大にして自分たちの正義を唱えて正気を保っている体です。
征服は悪いことですが、別に今の米国人がしたわけでもなく。
そういうある意味とんでもない国が、言葉が悪くてスミマセンが世界を牛耳っています。良いか悪いかではなく、そういう事実を飲み込むことです。

同じように先の大戦でも一般市民の上に爆弾を投下しても、核兵器を使っても正義を唱えるのは自分たちの存在意義にいささかの疑義を挟んではいけないと言うところから来ています。私たち日本人は遥か神話の時代からこの民族でこの土地で今もまだある王族と共に生きてきています。この足下の固さ、足腰の据わり具合たるや人工国家の比ではありません。こればかりは米国や豪州といった人工国家は赤ん坊のようなものです(・・・とこれは日本と関わり合いの深い米国や豪州の友人たちが直接言った言葉です)。欧州の国々ですら、日本の古さに比べたらケタが一つ足りないことが多い。

彼らは自分たちのアイデンティティーが侵害されるのを大変恐れています。それはどこの国でも同じ事ですが、特に戦勝国であれば特にそうです。彼らから言わしめれば勝った方に理がある。故に米国が修正に応じない限りはどの国もそう易々と修正しないと思います。皆、強い方になびきます。自然の法則です。ま、やたらめったら声がデカく、長いこと叫んでいても受け入れられてしまうことはありますが、知性の高い人からは嫌われるとは思いますが。

今までの経験からすると、欧米人のうち、本気で誤解を正そうと思っている人は多くても3割にもならないと思います。残りのうち半分はほとんど関心がない、半分は日本は教科書の通り悪かったままにして欲しい、そういう感じでしょうか。実際に外国人は皇室に無関心な人が非常に多いですし、日本人が訴えたい歴史の闇部分をかいつまんでもFBの「いいね」を押す人は決して多くはありません。だから「実はこうだった」などと大上段に暴露したところで「はいそうですか」と同意するはずもありません。その辺り、ネット愛国者たちの浅はかさを感じずにはいられません。教育レベルが高いと言われている日本人にしては洞察も知性も全く足りていません。

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方法がないわけではありません。あります。それは今、日本人がまさにしていることです。他国の追従を許さない高品質の製品や練りに練ったアイデア製品の供給。外国人たちが来日した折に琴線に触れる心遣い、高い知性を感じさせる社会、重厚で高貴な歴史と伝統、などなど、たくさんあるので省略しますが、それを可能な限りカンペキにしてそれをただ魅せ、紹介します。そして海外に行ったら日本人として最高の言動、立居振舞を心掛ける。高貴な民族であることを体現して証明する。本当にそれだけです。それをずっと行っていれば、いずれ母国の教科書に書かれていることなど忘れるか信じなくなります。問い質してきたらしめたもの。私自身何度も問い質されましたが、そこでカンペキに説明できれば相手は自らの誤解を自然と解いてくれます。

相手をあげつらう強弁や論戦でもなく、軍事力でもなく、経済力や文化力で私たち日本人は相手の誤解を正すことができます。経済的に弱い国、国際社会的に弱い国、文化や歴史的にそれほど長くない国では、上記は難しいですが、日本であればこそできる方法です。そしてそれは部分的に成功を収めつつあります。中国人や韓国人ですら、来日すれば本気で日本を非難する人は大幅に減っています。ものごとをリクツで見ようとする欧米人であれば尚更容易です。

そのような地道ではあっても、確実で隙間ない活動こそが日本の品格と高貴さを積み上げ、レベルの低い讒言では傷も付かず、深刻な場合でもビクともしない真実を世界に知らしめ、日本を魅せることができると、私は思っています。


平成二十七年弥生十八日
不動庵 碧洲齋