○○があれば戦争なんて!

今日は息子の授業参観日でした。
授業は国語、世界的な問題を選んで自分なりの解決方法などを提案、発表するというもの。
全員が発表の準備はしてきたようですが、時間の関係で発表できたのは8人程度でした。選ばれたテーマのほとんどは環境汚染、戦争、犯罪というものでした。
発表資料を貼ったり、プロジェクターを使ったりとなかなか本格的でした。

ま、小学6年生ですから仕方ないのかも知れませんが、「はぃ~?!」みたいなのが多かった気がします。
「思い遣りと優しさ、平和を愛する気持ちがあれば戦争はなくなります」
「相手を許し合い、お互いに寛容な気持ちになれば戦争はなくなります」
「憲法9条を守っていけば戦争がなくなります。」
を、をいをい・・・。
近くの生徒の発表資料を幾つか見てみましたが、中には「戦争法案絶対反対」なんてのもあり、ぎょっとしました。君のご両親の支持政党はどこって聞きたくなりました。
しかも生徒の中には少ない資源を奪い合えば・・・みたいな話しの例で出てきた国旗は「アメリカ」となぜか「ロシア」。え?エエエッ?どうして中国じゃないの?ってびっくり。
一体全体学校の教育はどうなっているんだか。

こういうのは解決方法ではなく信念です。
憲法9条は信念としては大変素晴らしい、が、国家を成して維持するための憲法としては全然お話にならない。
信念は必要ですが、戦争をなくすには信念以外にも実効性があり有用な解決方法が必要になります。
言っては何ですがこんな教育をしているからガラパゴス教育になるわけです。
息子もうつむきながら微かに苦笑していました。多分同じ事を考えていたのだと思います。

帰路、息子と帰ってきましたが、案の定、質問すると息子も呆れていました。
「思い遣りと優しさがあって、平和を愛する気持ちだけだったらあっという間に中国に攻め込まれちゃうよね」
大変悲しい現実ですが日本のように大変優れた世界観を持っていても、トップレベルの経済力と世界で5本の指に入る自衛隊の実力があってこそです。理念だけではどうにもなりません。

戦争による解決は一番非生産的かつ直接的で、犠牲者が多く出る手段です。
経済による解決は直接的な犠牲者こそ出しませんが、相手国国民から恨まれます。
文化による解決は回りくどくとも一番平和的解決方法だと思っています。
そしてその為には「相手を良く知ること」つまりコミュニケーションをよく取ること。
相手のことを良く知らないのに性善説の信念を唱えるのは、泥棒に金庫のありかを教えるようなもの。全然話になりません。

相手の国を良く知ること、自分の国のやり方を知らしめる事(日本の場合)。
これが文化的解決の正道であり、同時に相手国から付け入らせないための防衛手段でもあります。
ただしそれですら日本のように圧倒的な経済力とそこそこ優れた軍事力あってのこと。大した文化力がなければアメリカみたいに軍事力を増やさねば成りません。
ただ私は日本のものの考え方は世界的に見て戦争を劇的に減らすことができるものだと信じています。

多分子供たちは異文化や異国に直に触れる機会が少なすぎるのだと感じます。小学校6年生にもなればおとぎ話からは卒業して欲しいところです。幸い息子は何度も海外に行って直接見聞していますし、私からもよく話し聞かせます。勿論外国人との交流もある。
これから息子のような子供がもっともっと増えていくことを心から期待して止みません。
言うまでもなく大人も世界的な俯瞰ができないのはこれからは致命的です。


平成二十七年神無月三十一日
不動庵 碧洲齋