子供の敬意

子供には子供ながらに尊敬する対象があります。
子供のうちは生きている人が対象になっている場合が多いのですが、有名なアスリートだったりアーティストだったりすることが多いと思います。

で、生きていない人で最も子供にとって尊敬の対象になりやすいのが「ご先祖様」。
普通はお父さんやお母さんが敬意を見せてたり、話しをするからでしょうか。
我が家では「あさが来た」ではないですが、商才豊かで大成功を収めた私の父方の祖父の話しと、先の大戦で戦死した母方の祖父及び戦後苦労したその祖母、そして息子が生まれる前に他界した私の母、そして息子が3歳の時に同じく他界した私の父についてよく話します。
実際に血が繋がっているからでしょうか、歴史上の人物よりも良く耳を傾けます。

つい先日の話しですが、40年前にすでに正社員として働き始めた私の母について、ケチを付けられてしまいました。しかも息子の目の前で。子供の面倒もみずに仕事をするなんてもっての他とかなんとか。ロクな親じゃないと言わんばかりの勢いに私も少し反論したものの、最終的には沈黙(苦笑)。当時は近所付き合いが濃密だったから遅くなったときには面倒みてもらったし、そんな困った記憶はなかったのですが、あまりに執拗に言いがかりを付けてくるので息子も閉口してしまいました。
後で息子は苦笑しながら、クレーマーの非に呆れていました。エエ歳した大人が12歳に見下されたくはないものです。

確かに40年前に正社員の共働きは珍しかったかも知れませんが、私的にはなかなか先進的だったと思います。しかも別段父の収入だけで生活ができなかったわけでもないのに働くその意義は、母がよく生前に言っていた「社会に積極的に関与して社会をよくするため」でした。この点について息子はよく理解していたのですが・・・。

息子はある意味かなり理性的です。感情から出た判断や言葉をかなり嫌います。
また、和を損ねるような言動も好きではないようです。
(争いが好きな人はいつの世にもいるにはいますが)
私自身、一昔前と違っていがみ合いそうな場合は大抵黙ります。
黙ると大抵、言った相手は自らの非を知るからです。

相手の血筋や故郷について、軽々しくケチを付けるのは控えたいものです。


平成二十八年弥生十六日
不動庵 碧洲齋