碧呟聲 -手裏剣-

忍者というと手裏剣と言うぐらい、忍者の武器というイメージが強い手裏剣だが、実際は武芸の裏芸としてたいていの流派でも伝承されていた。とはいえ例えば江戸時代などは普通に働いていた侍たちが必要とも思えず、打てる(手裏剣は「打つ」と言う)人は少なくなっていった。それは想像に難くない。ただ身体機能的に見れば現代人よりも江戸時代人の方が打てた人は圧倒的に多かったであろう。明治時代の頃の話しだが、大東流の始祖、武田惣角先生は武者修行中、手裏剣で鳥を射止めて食べたという。普通の中型以上の動物だと見つけるのもそうだが射殺すのは難しい。その点鳥なら速く動いているとは言え手裏剣の威力でも十分落とせる。

手裏剣だが、大抵の人は星形手裏剣を想像するが、実際に多く使われていたのは棒手裏剣である。星形手裏剣はかさばるし真っ直ぐ飛ばすのが難しく、殺傷能力も棒手裏剣より低い(回転しているので)。さらに製造するのも手間が掛る。そもそもそんなものを持っていたら関所やちょっとした取り調べでバレてしまう。何度も言うがプロは特殊な道具や武器はほとんど持っていなかった。戦国時代に多くの忍者を速成していたときなどには所謂今の我々がイメージしている忍者の道具や武器が多く使われた。

手裏剣は特に他の武器よりも奥が深い(と思う)普通に打つだけではなくて例えば受身前後に打ったり他の武器を携えて打ったりする。互いに動いているので未来の予想地点に打たなくてはならない。弓矢よりは射程も打撃力も低いがその分連射がきく。使い方によってはなかなか勝手の良い武器である。一時期はかなり凝って研究した。

初めて棒手裏剣を持ったのは入門したその日、稽古の後に先生の自宅にあった道場に連れて行ってもらい、先生が手裏剣を打ちながら色々話してくれた。で、打ち終わった後に的である畳から棒手裏剣を引き抜こうとしたが、何本かは1枚目を貫通して2枚目に刺さっていてなかなか抜けなかったことを良く覚えている。

以後、好んで棒手裏剣を稽古したが、先生の道場のガラスを何枚割ってしまったことか(笑)今は普通に打てるようになった。もっとも実際の戦いに使えるレベルかどうかと言われるとビミョー(笑) 手裏剣打ちは体術の鍛錬の一環として打つことが多い。日本には手裏剣の流儀も幾つか有り、私のフェイスブックの友人の中にはその流派の先生もいらっしゃる。

初めはなかなか当てるのが難しい棒手裏剣だが、一度当るとやみつきになること請け合いである。


令和二年睦月十三日
不動庵 碧洲齋

写真は本日稽古始めで打った手裏剣
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