碧呟聲 -受身-

忍者というと、手裏剣以外には機敏に動くイメージがあると思う。
実際にアクロバティックな事をしたのかどうかは分からないが、特筆する動きがあるとするならそれは多分「受身」。
一般的には「受身」は技を受けたときの対処の技術であるが、忍術も継承している当流では受身は「移動手段」であり「技」でもある。入門時からずっとこの概念なので、恐らくこれは普通の古流や武道とは一線を画するものではないかと思う。

正確に数えたことはないが、滅多にやらないものも含めたら10種類前後はあるのではないかと思うが、長年やっているとこれが無意識に自然にできてくるようになる。上手くなると砂利道の上でTシャツで転がっても擦り切れたりしないしほぼ痛くない。他流に較べると受身の巧さに占めるウェートはやや高い気がする。

更に上手くなるとものを持ったり、長いものを持ったりしていても受身をして移動も出来るようになる。私などは昔、山籠もりをしたときは六尺棒を持って山中で受身をしたことがある。

海外同門の中でもたまに巨体なのによくするするっと受身をする機敏な者を見る。私も基本、受けをしたときは畳の上にそのまま落ちるのではなく、すぐ反撃できるよう受身を取って身を起こす。古流にあって受けは技を掛ける者の補助と思われがちだが違う。受けも立派に稽古の一部である。

受身をたくさんすると三半規管が強化される。ボクサーが打たれ強くなるのはリングの上をグルグルと回る運動をするからだというのをテレビで観たことがある。同じ原理だろう。乗物酔いにも効果があるのだろうか(笑)

人は地面を恐れる。大抵の人は地面を至近で見ないからだ。しかし受身をすると地面から頭のてっぺんまで視線を泳がすことができ、ある意味その視野が新鮮に映る。それを知ると文字通り地面すれすれから頭上までを想定した動きができて例えば転倒しても体が固まらず対処できる。そしてそれは戦闘にも応用できる強みがある。格闘の上で、意外に人の体には気持ちの上の死角が少なからずある。そしてそれは下半身に多いと私は考えている。そう言うときに技としての受身は割に有効だと考えている。実際にそれが有効だったことが何度かあった。

令和二年睦月十八日
不動庵 碧洲齋

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