碧呟聲 - 山籠もり -

初めて山籠もりをしたのは入門して半年、思いがけず初段を頂いたときだと記憶している。
奥秩父で秩父鉄道の終点、三峰口駅から更にバスで西に向い、ダムまで。そこから古い吊り橋を渡って湖を渡り登山道もない山だったか。
初めての時はある意味肝試しだった。宿泊したのは2泊だったか、壊れかけた林業で使っていたと思われる小屋に泊まった。
枕元にはリスなどの小動物が来ていた。よく眠れなかったが、翌朝は最低限の装備で頂上を目指した。道もなく、標識もない。事前に入念に調べた地図と方位磁針だけが頼りだった。
その日は一日中霞がかった天気だった。往路は無事に和名倉山山頂に到着した。霧が出ていたし、別段見晴らしがいいというわけでもなさそうだった。
静寂がこんなに耳が痛くなるものかと今でもよく覚えている。
小屋への帰路、途中から完全に道を失ってしまった。そもそも山道がないのだから原図を見ながら地形を推し量って歩くしかないのだが、地形に見覚えがなくなっていた上に背の高い雑草になり困り果てた。
ふと地面を見ると林業の時に使っていたであろう軌道が残っていた。仕方なく軌道のままに進んでいった。
しばらく進んでいると、歩いている前にある、草の向こうに気配がした。人ではなく多分動物。熊かと思いサバイバルナイフを取り出してゆっくり歩くがこちらが遅いとあちらも遅く、早くするとあちらも早く。その間、何か香草のようないい香りがかすかにしたのを覚えている。
どの位歩いたのか、その気配を追っていたらいつの間にか軌道からも外れ、ぱっと雑草が開けた。目の前、沢を挟んで私が滞在した小屋があった。もう日が落ちかけていて、辛うじて小屋が見える程度だった。この時ばかりはさすがにあっと驚いた。
小屋でもう1泊してから山を下りたが、降りる途中、何とも言えぬ神聖な感じがする洞になった木を見つけた。当時の私は神仏を全く信じない若輩だったがこの時は心底手を合わせた。
以後、今まで5.6回ほど山籠もりをしたが、何かしらこのような現象に出くわしている。これが超自然現象なのか、自然現象の一部なのかは分からない。
自然には慎み深く感謝を忘れず、自らが宇宙の1つであることを良く理解した者には自然は決して無碍にはしないという事をずっと後に理解した。
山は修行の場である。今でもどの寺にも山号という山の名を号するが、それは寺が修行の場であったと言う名残である。
山籠もりの時の感覚、気持ちは終生忘れずに持っていたいものである。

写真は30代によく山籠もりに行った、上州の山並み
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令和二年睦月二十日
不動庵 碧洲齋

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